平成23年度教員研修の報告

平成23年12月
法科大学院協会教員研修等検討委員会

【はじめに】

 法科大学院協会教員研修等検討委員会は、平成23年度教員研修を、民事系教員研修については平成23年8月18日に、刑事系教員研修については同年9月9日に、いずれも司法研修所において実施した。教員研修では、司法研修所における司法修習を見学するとともに、法科大学院教員と司法研修所教官との間の意見交換を行った。教員研修への参加者は人数が限られることから、とりわけ意見交換会の内容を各法科大学院に伝達し、多くの法科大学院教員が情報を共有することが有益であると考え、以下、主に意見交換会の概要を報告するものである。 
 なお、参考までに、文末に、本年度教員研修の案内文を掲げた。

1 平成23年度教員研修の実施

 (1) 民事系教員研修については、参加申込み者から参加者12名を決定し、法科大学院協会から記録係を含め2名が参加し、合計14名が参加した。研修は、平成23年8月18日に実施され、事前説明の後、12時40分より16時35分まで、参加者を5組に分けて、それぞれ5クラスの集合修習における民共演習2(弁論準備手続期日における争点整理手続等)を見学した。集合修習見学の後、17時より18時45分まで、予定時間を超過して意見交換会が実施された。
 (2) 刑事系教員研修については、参加申込み者から参加者12名を決定し、法科大学院協会から記録係を含め2名が参加し、合計14名が参加した。研修は、平成23年9月9日に実施され、事前説明の後、12時40分より16時35分まで、参加者を5組に分けて、それぞれ5クラスの集合修習における刑共演習(公判前整理手続における争点及び証拠の整理等)を見学した。集合修習見学の後、17時より18時45分まで、予定時間を超過して意見交換会が実施された。

2 民事系教員研修における意見交換会の概要

 (1) 法科大学院からは教員12名と法科大学院協会の委員1名及び書記係1名が参加し、司法研修所からは民事裁判教官2名及び民事弁護教官2名が参加し,民事裁判教官1名及び所付2名がオブザーバーとして列席した。
 冒頭に、教員研修等検討委員会の片山直也委員(慶應義塾大学)が挨拶を行い、参加者全員による自己紹介の後、同委員の司会で「法科大学院における要件事実及び事実認定の教育の在り方」をテーマに意見交換が行われた。 
 (2) 最初に法科大学院教員2名及び司法研修所教官1名から簡略な報告が行われた。
 まず、要件事実教育に関し、法科大学院教員からは、①学生側に、司法研修所等で紹介されている要件事実の整理を暗記することで足りるとする傾向が見られ、教員側でも、要件事実がなぜそうなるのかという根本的な理解を促す工夫を怠っている面が存することを否定できない点、②研究者教員が要件事実教育に携わる機会が少ないこともあり、法科大学院において目標とされるべき「実務と理論の架橋」が要件事実教育において十分に実現されていない点の指摘がなされた。 
 次いで、事実認定教育に関しては、法科大学院教員から、講義概要および実践例の紹介がなされ、事実認定教育を2年次に前倒ししたことで、実体法と訴訟法の立体的理解につき一定の効果が見られたとの報告がなされた。なお、法科大学院教育における教材の限界から、事件処理において、与えられた事実に加えて、どのような事実が必要であるかを主体的に探求する姿勢を育てることに困難があるという点の指摘もなされた。
 司法研修所教官からは、要件事実教育については、既存の要件事実の整理の暗記を奨励していることはなく、実体法について多様な解釈があることを踏まえ、修習生が合理的な要件事実の整理を行った場合には、相応の評価を行うことにしているとの紹介がされた。さらに、要件事実に関する教材の改訂作業を進めており、その教材の中では,要件事実についての考え方は、あくまでも実体法の解釈、実体法分野の研究成果をふまえて展開されるものであるとの認識を明確に示した上で、実体法について多様な解釈があることをより意識した記載内容とする旨の報告がされた。また、法科大学院教育における要件事実教育においても、学生に対し民事実体法の解釈を踏まえて、問題となる主張やその要件事実がどのような解釈から導かれてくるのかを考え、理解させることを通じて、理論的な検討に裏打ちされた要件事実教育が行われることを期待しているとされた。
事実認定教育については、生きた事件を素材とした事実認定そのものは司法修習で行うものであり、法科大学院が活用できる事実認定教材に限界があることも十分理解できるとした上で、共通的到達目標でも示されているとおり、事実認定の基本的な枠組みやルールなどが事実認定を検討する前提となる基礎的な事項を修得させるための教育を行うことが期待されるとされた。
  (3) 以上の報告を受けて、各法科大学院における要件事実教育において理論と実務との交流がいかに実現されているかの紹介がなされた。そのなかで、研究者教員も要件事実とその前提となる規範の相互の動的なフィードバック関係について強い関心を持って実体法教育に取り組んでいることや、研究者教員と実務家教員の共同担当で授業を行い、その中で研究者教員が、実務において通常行われている要件事実の整理についても、実定法解釈論の動向を踏まえると別の視角からの整理が可能である点を示すことによって、学生に要件事実の深い理解を促すことに成功している例も示された。他方、法科大学院によっては、教員間の問題意識の違いや時間的限界から、このような共同担当での授業が困難な場合もあるとの意見もあった。さらに手続法研究者教員からは、民事手続理論においても要件事実論との架橋が重要であるとの示唆があった。
 なお、司法研修所側からは、司法研修所は要件事実論についていわば公式見解を示すものではなく、むしろ、法科大学院における研究者教員と実務家教員との研究の進展に大いに期待したい、学生達が自分の頭で考えるように指導していただきたいとのコメントがあり,参加教員からも異論なく確認された。
  (4) 事実認定の教育の在り方に関しては、法科大学院の多くの実務家教員からは、時間的制約が大きく、教材の不足の問題は顕著であり、なかなか成功しているとは言い難いとの指摘や社会経験が必ずしも豊かではない学生に事実認定教育を施すことには限界があるとの指摘がなされた。この点に関しては、法科大学院教育においてはまず事実認定の基礎を教育し,生の事件を通じた事実認定教育は,司法修習に委ねるべきであるとされ、このことについては異論が見られなかった。また、司法研修所側からは、単に処分証書であるという性質決定のみで事実認定を行ってしまう修習生もいるとの報告がなされ、法科大学院教育を前提に,処分証書があっても当事者間で争われている意味や背景を考えていく姿勢を、司法修習、特に実務修習において身に付けてもらう必要があるとのコメントがあった。
以上の議論を経て、法科大学院に要請される事実認定教育の到達目標は、基礎的概念の修得であり、司法修習で実際の事案を通じてその基礎的概念を定着させていくという一連の流れの中で、法科大学院と司法研修所が相互に役割を分担し、適切な連携を図る必要があることが改めて確認された。

3 刑事系教員研修における意見交換会の概要

 (1)法科大学院からは教員12名と法科大学院協会の委員1名及び記録係1名が参加し、司法研修所からは刑事裁判教官2名、検察教官2名、刑事弁護教官2名が参加し,所付3名がオブザーバーとして立ち会った。
 冒頭に、教員研修等検討委員会の清水真委員(明治大学)が挨拶し、参加者全員が自己紹介をした後、同委員の司会で「法科大学院における公判前整理手続教育の在り方」、「実務を見据えた刑事実体法・手続法教育~殺意の認定をめぐって」をテーマに意見交換がなされた。
 (2)第1テーマ「法科大学院における公判前整理手続教育の在り方」
 法科大学院実務家教員2名が、各々、法律実務科目において模擬公判前整理手続を取り入れている実施例、及び、模擬公判前整理手続の重要性は理解しながらも取り入れることができずにいる事情について報告した。また、司法研修所教官1名が司法修習カリキュラムも踏まえつつ、公判前整理手続教育について法科大学院に望むことについて報告した。

○法科大学院実務教育科目における模擬公判前整理手続実施例報告の概要

 必修科目の「刑事実務」科目では講義の中で1回分の講義時間を充てて公判前整理手続を取り上げ、選択科目の「刑事模擬裁判」において既に、模擬公判前整理手続を実施している。「刑事模擬裁判」における模擬公判前整理手続に関しては、5月の連休等において教員・院生共に休日返上、夜間も準備に追われるが、院生の刑事訴訟法の理論面に関する理解度も確実に深まっている。実務上、「あり得ない」内容・書式の書面が模擬裁判で提出されてしまう危険性を回避するために、書面のやり取り及び証拠開示は必ず担当教員を経由させているが、基本的には院生の自主性を尊重し、細部にわたるまで教員が事前に手取り足取り指導することは避けている。手続実施中に気付いた問題点についても、基本的には最終講義日に講評の中で指摘するように努めている。素材として平成23年度は法務総合研究所の作成にかかる教材を使用したが、捜査記録等、不提出書類も収録された教材が必要である。

○法科大学院実務教育科目における模擬公判前整理手続未実施校の事情に関する報告

 目下、「刑事実務演習」「刑事裁判実務」という名称の科目において、各々1回分の講義時間を公判前整理手続に充てており、模擬公判前整理手続を実施する希望も有しているが、本格的な模擬演習を実施するには至っていない。その理由としては、①刑事実務科目における授業時間数が不足していること、②刑事系実務家教員に常勤者がおらず、出講日調整に困難が伴うこと、③全国的な司法試験合格率の低さ故に院生が司試科目以外の科目、就中、実務科目への取り組に不安を感じていることが挙げられる。仮に模擬裁判で公判前整理手続を実施する場合、どの程度の時間を公判前整理手続のために確保すべきか等、授業計画をめぐって様々な悩みがある。

○司法研修所教官からの報告

 司法研修所では、「刑事共通演習」の他、「刑事裁判問題研究(証拠開示問題研究)」においても、公判前整理手続とそれに関する問題を扱っている。法科大学院教育においては、基本的な知識、例えば①公判前整理手続の目的・果たすべき役割、②法曹三者が公判前整理手続にどのように関与するか等の手続の概要、③刑訴法に規定する証拠開示制度の概要、並びに公判前整理手続の重要性を教育指導されることを希望する。

○意見交換

 教員からは、模擬公判前整理手続に関する適切な教材が入手困難であることが指摘された。同様に、理論科目・実務科目での講義では手続を見たことのない院生に知識が定着し難い旨の悩みが示された。司法研修所側からは、第1審公判手続に関する視聴覚教材を、より活用されてはいかがかとの示唆があった。
 また、教員からは、理論科目である刑訴法と刑事実務科目との有機的連携があれば授業時間数の不足等の問題を解消し得るのではないかとの意見が出されたが、中には理論科目としての「刑事訴訟法」・「刑事訴訟法演習」等では公判前整理手続を扱っていない大学があった等の実情も指摘された。理論科目としての「刑事訴訟法」において公判前整理手続を毎年1回分は扱っている大学からは、司試に出題されるには機が熟していない分野を学ぶ意欲が院生の間で必ずしも高くはなく、「むしろ司試頻出分野である伝聞法則等にコマ数を割いて欲しい」というのが院生の本音であること等、全国的な司試合格率の低さ、司試出題分野の偏りも課題であるとの意見が出た。
 更に、当日参観した「刑事共通演習2」(争点整理演習)も、余裕を持って教材を配布しているとのことであり、同様のものを法科大学院において実施する場合、準備のための必要な時間を院生・教員が確保し得るか否かが課題になり得る旨の指摘があった。
 模擬公判前整理手続を行うことについてはカリキュラム編成や教材の関係上困難な面もあるが、同手続について院生に具体的なイメージを持たせつつ学習させる必要があることについては、異論はなかった。

(3)第2テーマ「実務を見据えた刑事実体法・手続法教育~殺意の認定をめぐって」

○司法研修所教官1名から、大要、以下のとおりの報告があった。

 事実認定の構造上、個々の要証事実の法的意義の理解が不可欠であるが、殺意・正当防衛・共謀等、法律概念である要証事実の有無が争われている事案を扱うと、修習生の中には、このような基本的な法律概念の理解が不十分であり,それゆえに法律概念に該当する事実とは具体的にどのような事実なのか,あるいは,その法律概念の判断において重要となる事実は何かといった思考ができていない者が見られる。法科大学院においては,まずは,基本的な法律概念の修得が望まれる。

○意見交換

 教員からは、事実認定に関しては、学生が司法試験との関係が薄いと考えているためか、学生の意欲があまり高くなく、逆に刑事訴訟法・刑法の出題例に言及し、適切な事実に着目することの必要性は司法試験において重要な要素となっている旨を指摘すると受講姿勢に顕著な変化が見られるという実情も紹介された。また、法務総合研究所作成の教材については、「弁護の余地なし」と評さざるを得ない事案ばかりなので、刑事弁護教育には適さない旨の指摘があった。
 司法研修所側からは、事実認定を過度に類型化して処理する修習生がおり、たとえば、刃物で被害者を刺したという事案における殺意の認定を素材とすると、創傷部位が身体の枢要部であると言うだけで、他の要素の吟味を十分に行わず、殺意の存在を安易に認定するなど,基本的な法律概念の理解に基づいて個別事案に即して重要な事実を抽出するという思考ができていないと思われる者が存在する旨の指摘があった。
 この点に関連して,コアカリキュラムに記載された基本的な法律概念は、法科大学院において教育すべきミニマムスタンダードとして重要なものであることが、改めて確認された。


(参考)「教員研修のご案内」

平成23年7月1日

法科大学院 関係者各位

教員研修のご案内

法科大学院協会
教員研修等検討委員会
主任 片 山 直 也

 

 法科大学院協会では、昨年度に引きつづき、新司法修習の集合修習に関する見学及び司法研修所との意見交換を内容とする教員研修を実施することと致しました。
 現在、新64期司法修習生は、各地の配属庁における分野別実務修習を受けておりますが、東京、大阪及びこれらの周辺の修習地で修習を受けている修習生(A班)は、分野別実務修習終了後、司法研修所において集合修習を受けることとなっております。集合修習は、実務修習を補完し、司法修習生全員に、実務の標準的な知識、技法の教育を受ける機会を与えるとともに、体系的で汎用性のある実務知識や技法を修得させることを旨として行われていますが、この集合修習の模様を法科大学院の教員が実地に見学し、新司法修習の指導内容等に関する正確な情報を得ることは、極めて意義のあることと考えます。加えて、この機会に、司法修習との有機的な連携を踏まえた法科大学院教育のあり方等に関して、司法研修所教官と法科大学院教員との意見交換の場を設けたいと考えます。新たな法曹養成プロセスにおいて、法科大学院は、その中核を担うべき機関として、将来の法曹としての実務に必要な学識及びその応用能力並びに実務の基礎的素養を涵養するための理論的かつ実践的な教育を行うこととされていますが、このような観点から、司法研修所教官と率直な意見交換を行い、その結果を法科大学院に広く還元し、今後の教育に役立てていきたいと考えております。
 以上、司法研修所のご協力を得て、下記の要領で平成23年度の教員研修を執り行うことと致しましたので、ふるってご参加下さいますようご案内申し上げます。

 

1 月日:民事系教員研修 平成23年8月18日(木)
     刑事系教員研修 平成23年9月 9日(金)

2 場所:司法研修所
     〒351-0194 埼玉県和光市南2丁目3-8

3 日程(予定):民事系教員研修・刑事系教員研修とも
     集合:司法研修所本館3階中会議室A 12:15
   ① 事前説明     12:20~12:35
   ② 演習及び講評見学 12:40~16:35
   ③ 意見交換     16:50~18:30

4 見学内容(予定)
(1) 民事系教員研修:「民事共通演習2」
修習生を裁判官役、原告訴訟代理人役、被告訴訟代理人役等に分け、弁論準備手続期日における争点整理手続を実演させる。修習生には、主張を整理した上で、主要事実レベルでの争点、重要な間接事実レベルでの争点、それらを立証する人証を明確にすることを求めており、争点整理の結果に基づいて争点の確認をするなどさせる。その後、教官から、争点整理の解説を行う。

(2) 刑事系教員研修:「刑事共通演習2」
修習生を裁判官役、検察官役、弁護人役等に分け、公判前整理手続期日における争点及び証拠の整理を実演させる。その後、教官から、争点及び証拠の整理の講評を行う。

5 意見交換会
司法修習との有機的な連携を踏まえた法科大学院教育のあり方等に関して議論すべきテーマを設け、参加者の報告又はコメントをいただき、その上で参加者全員による忌憚のない意見交換を行いたいと考えています。

6 参加人数及び研修結果の還元
司法研修所の教室のスペースの問題及び実質的な意見交換を実施する趣旨等から、参加人数は民事系・刑事系とも各12名程度とさせていただきます。応募人数がこれを上回る場合には、原則として抽選により決定させていただきますが、その際には、1法科大学院当たり1名とさせていただくとともに、全国各地の法科大学院の教員にご参加いただくという観点を加えて教員研修等検討委員会において参加者を決定させていただくことを予めお断りしておきます。
このように研修会の規模には限界がありますが、研修会の模様や意見交換会の内容に関する情報は、法科大学院協会ホームページ等で各法科大学院にお伝えする予定です。

7 申込先:法科大学院協会事務局
      〒101-8301千代田区神田駿河台1-1 明治大学研究棟4階
      電話: 080-3345-3079
  申込方法:メールでお申込み下さい。
  メール・アドレス: jls@meiji.ac.jp

記載内容: ①  件名を「研修参加申込み」としてください。
  ②  参加申込者の氏名、所属大学院名、希望日、担当科目、研究者教員・実務家教員の別、過去の参加歴を明記してください。
  ③  意見交換会で取り上げるべきテーマを挙げてください。
  ④  申込者の連絡先(電話・メールアドレス)を明記してください。なお、メール申し込みを受け付けますと必ず受領の返信が届くはずですが、万一返信がない場合には事務局にお問い合わせ下さい。

8 申込締切:平成23年7月15日(金)

9 参加案内:参加のご案内は平成22年7月22日(金)ころを予定しています。ご希望に添えなかった場合もご連絡いたします。 

以上

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