• 途上国の人々の生活を守り、社会を発展させるための制度づくり
  • HOME
  • 途上国の人々の生活を守り、社会を発展させるための制度づくり

途上国の人々の生活を守り、社会を発展させるための制度づくり

弁護士、JICA国際協力専門員 磯井美葉

磯井美葉 弁護士、JICA国際協力専門員
1994年早稲田大学法学部卒業。2000年弁護士登録(52期)、第一東京弁護士会所属。6年半の弁護士業務の後、JICAの法整備支援プロジェクトでモンゴル、カンボジアに赴任。現在JICA本部で国際協力専門員。

法整備支援

 現在の仕事は、独立行政法人国際協力機構(JICA)の常勤アドバイザーです。JICAは、日本政府の途上国支援(ODA)を実施する組織ですが、インフラ整備や教育、医療等のほかに、法制度づくりや法律分野の人材育成を支援する法整備支援という分野があります。私は、法律分野の専門家として、どのような案件が効果的か、どんな目標を設定し、どう進めるのが良いか等を、JICA職員や関係者と一緒に考え、国内と現場の橋渡しをする仕事をしています。

弁護士になるまで

  大学受験では、外国語学部か法学部か迷いました。ツールや文化としての外国語も身につけられたらいいなと思いましたが、社会のルールやその考え方を勉強するのも面白そうだと思い、結局法学部を選びました。
 司法試験を受験したのは、周囲の友人の影響です。法律の勉強は面白かったですし、資格があれば女性も仕事を続けやすいだろうと思いました。
 1997年に司法試験に合格した直後、新聞で、独立直後のエリトリアで司法ボランティアをされた土居香苗さん(現国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウオッチ東京ディレクター)の記事を見ました。法律や裁判は国ごとに違うので、弁護士になったら、渉外事務所でもなければ外国との接点はあまりないと思っていましたが、日本の法律家として、他国の法制度作りを手伝う仕事もあり得ると知って、いつかやってみたいと思いました。

法整備支援に関わるまで

 弁護士になって6年半は、中小企業や個人のお客さんを中心に、民事、家事、刑事、破産等いろいろな事件を扱っていました。
 所属事務所が自由な雰囲気だったので、弁護士会等の業務にも多く関与していました。倒産法や会社法、民暴事件等の研究をしたり、当時、司法改革の一環として検討されていたADR促進法にコメントを出したりもしました。法律扶助の利用申込みを審査する業務をしたこともあります。
 当時は、深く意識せず、弁護士会や先輩から依頼されるものを受けていただけでしたが、いろいろな業務を少しずつ経験し、弁護士会の運営や日本の司法改革を垣間見たことが、後になって、海外での制度づくりに関わるのに大いに役立ちました。
 日弁連の「国際司法支援弁護士登録制度」に登録して情報メールを受け取っており、それがきっかけで、2003年からは、日弁連がJICAの委託資金を使って実施していた、カンボディア王国弁護士会司法支援プロジェクトのメンバーにも加わって、日本国内で弁護士業務をしつつ、何度かカンボジアに出張して、現地の弁護士と一緒にハンドブックを作ったり、セミナーを開催したりしました。

モンゴル赴任

 プロジェクトリーダーとしての仕事は必ずしも法務の素養が必要なわけではありません。しかし、各分野の専門家であるチーム員から提出される詳細なデューデリジェンスレポート(法務、知財だけでなく、化学、安全 2006年9月からは、2年余りモンゴルの首都ウランバートルに赴任しました。親ソ連の社会主義体制から脱却し、民主化・市場経済化を進めていたモンゴル政府の要請で、弁護士会の活動を強化する技術協力プロジェクトが立ち上げられたのです。
 モンゴルの法務内務省のオフィスに出勤し、日本語のできるモンゴル人スタッフと一緒に、弁護士法の改正案にコメントしたり、弁護士会の会報や民事事件の判例集を出版するサポートをしたり、弁護士向けのセミナーを開催したりしました。
 また、モンゴル弁護士会の中に、日本の制度を参考にして、調停(ADR)センターができたばかりでしたので、その活動も支援しました。第三者の立ち合いのもと、話し合いで紛争を解決する調停手続は、モンゴルでは新しいもので、弁護士や裁判官に制度を知ってもらうことから始めました。件数は多くはありませんでしたが、弁護士会のセンターが、合意による紛争解決の実績を積み重ねたことで、モンゴル国内でも調停への関心が広がり、後続のプロジェクトとして、裁判所も巻き込んだ調停制度導入につながっていきました。
 モンゴルでの業務は、当初は戸惑うことばかりで、計画性や組織内の連絡・分担等、日本人の感覚では問題と感じることもありましたが、短期間で集まって意思決定する瞬発力や、臨機応変に対応する柔軟性は、日本人も見習うべきとも思います。

JICA本部のアドバイザー

 帰国後は、所属事務所に再びわがままを言い、弁護士業に戻らず、JICAの常勤アドバイザーとして、東京をベースにもう少し法整備支援の仕事を続けることにしました。JICA本部では、モンゴルの調停プロジェクトや、カンボジアの法整備支援、中央アジア諸国やイランへの研修等を主に担当しつつ、ベトナム、ラオス、中国、インドネシア、ネパール等にも触れる機会を得ました。日本とモンゴルの2か国に加え、ほかの国々の事例を見て、国によって状況が違うこと、その中で共通する問題もあることが分かり、さらに興味が湧きました。

カンボジアの法整備支援

 JICA本部では、カンボジアの支援にも深く関わっており、進行中の案件のモニタリングをしたり、日本での研修や現地セミナーの内容のアレンジに関与したり、新しい案件のデザインをしたりしています。2013年4月からは、首都プノンペンの司法省にあるプロジェクトに1年間赴任していました。
 カンボジアでは、内戦が終了し和平協定が成立した90年代から、国の復興に伴い、日本の法律家が支援を始め、法律の起草支援や、法曹人材育成支援が続けられていました。先に書いた日弁連のプロジェクトもそのひとつです。
 特に、カンボジアの民法と民事訴訟法は、日本の先生方が起草してカンボジア語に翻訳し、現地で議論を重ねながら作ったものでした。ほかの国では、現地で作った草案に日本の先生がコメントするのですが、カンボジアでは、ポルポト時代に知識階級が虐殺され、ほとんどいなかったため、このようなプロセスをとったのです。
 できあがった法律はとても立派で洗練されたものでしたが、現地の人には理解しにくい部分も多く、普及や運用にはまだまだ課題があります。法案成立後も、法律やその趣旨に対する理解を広めたり、関連する法令や実務書式等を整備して、法令が適切に運用されるようにしたりする支援が続いています。数年前と比べると、カンボジアの人たちもずいぶん深い議論ができるようになったと感じますが、一方で、腐敗により、法律が法律のとおりに運用されない問題もあります。腐敗・汚職はカンボジアに限った問題ではありませんが、権力者の腐敗に対処し、現場の実務を変えていくのは簡単なことではありません。

結び

 日本の法律の専門性を活かしたこのような仕事は、まだ多くはないですが、着実にニーズが増えています。目の前の法的問題を解決する国内業務とは異なり、成果の見えにくい抽象的な仕事ですが、法律や制度が異なる文化や社会の中でどのように機能するかを常に考えさせられ、興味深いです。
 子供のころから、遠い外国の人がどんな生活をしているかに関心がありました。そんな関心と自分の専門性がつながり、各国の人たちと、社会を良くする法律や制度とは何かについて、日々悩み、議論できるのは、幸せなことだと思います。

法を勉強したのはどこですか?
 大学の4年間、司法試験受験生時代、その後ずっと。
いちばん使っている法律は何ですか?
 カンボジアの民法、民事訴訟法・民事執行法。
いま気になっている法律はありますか?
 不動産登記法、倒産法。
仕事は楽しいですか?
 忙しく大変ですが楽しいです!
法とは何でしょうか?
 人々がお互いの利益を尊重し合って暮らすためのルール。

(法学セミナー2016年12月号14-15頁に掲載したものを転載)

「広がりつづける弁護士の仕事」に戻る