平成22年度教員研修の報告

平成22年10月 
法科大学院協会教員研修等検討委員会

【はじめに】 

 法科大学院協会教員研修等検討委員会は,平成22年度教員研修を,民事系教員研修については平成22年8月20日に,刑事系教員研修については同年9月10日に,いずれも司法研修所において実施した。教員研修では,司法研修所における司法修習を見学するとともに,法科大学院教員と司法研修所教官との間の意見交換を行った。教員研修への参加者は人数が限られることから,とりわけ意見交換会の内容を各法科大学院に伝達し,多くの法科大学院教員が情報を共有することが有益であると考え,以下、主に意見交換会の概要を報告するものである。 
 なお,参考までに,文末に,本年度教員研修の案内文を掲げた。

1 平成22年度教員研修の実施

 (1) 民事系教員研修については,参加申込み者から参加者15名を決定し,法科大学院協会から記録係を含め2名が参加し,合計17名が参加した。研修は,平成22年8月20日に実施され,事前説明の後,12時50分より16時35分まで,参加者を5組に分けて,それぞれ5クラスの集合修習における民共演習2(弁論準備手続期日における争点整理手続等)を見学した。集合修習見学の後,17時より18時45分まで,予定時間を超過して意見交換会が実施された。

 (2) 刑事系教員研修については,参加申込み者から参加者15名を決定し,法科大学院協会から記録係を含め2名が参加し,合計17名が参加した。研修は,平成22年9月10日に実施され,事前説明の後,12時50分より16時35分まで,参加者を5組に分けて,それぞれ5クラスの集合修習における刑共演習(公判前整理手続における争点及び証拠の整理等)を見学した。集合修習見学の後,17時より18時40まで,予定時間を超過して意見交換会が実施された。

2 民事系教員研修における意見交換会の概要

 (1) 法科大学院からは教員の15名と法科大学院協会の委員1名及び書記係1名が参加し、司法研修所からは民事裁判教官2名、民事弁護教官2名及び所付2名が参加した。
 冒頭に、教員研修等検討委員会の片山直也委員(慶應義塾大学)が挨拶を行い、参加者全員による自己紹介の後、同委員の司会で「法科大学院における要件事実及び事実認定の教育の在り方」をテーマに意見交換が行われた。

 (2) 最初に法科大学院教員及び司法研修所教官各1名から簡潔な報告が行われた。
 法科大学院教員からは、①一部の学生につき、既存の要件事実の整理を絶対視する傾向が見られ、実体法の理解を基礎として自らの思考により要件事実の分析をする力が身に付いていない危惧が存する、②「生の事実」を素材とした事実認定の教育は、法科大学院においては限界があるものの、簡単な設例を用意するなどして授業を工夫しているなどの報告がなされた。 
 司法研修所教官からは、①要件事実は、あくまでも当事者の主張を分析し、争点や証拠を整理するためのツールに過ぎないのであって、それ自体が独立の教育目標となるものではないとした上で、法科大学院生に対しては、結論の暗記ではなく、民事実体法の解釈を踏まえ、要件事実や当事者の主張がどの条文のどのような解釈から導かれるのかを理解させることが大切であることが確認され、貸金返還請求を例として、請求原因として主張すべき内容についても、民法の解釈によって変わりうるものであることが説明された。また、②事実認定については、証拠の信用性の判断や間接事実と経験則を用いた事実認定の在り方など、事実認定そのものは司法修習の範疇であるが、法科大学院においても、事実認定の対象、自由心証主義、証拠の種類、直接証拠と間接証拠や処分証書と報告証書の定義、書証の形式的証拠力と成立の推定に関する規律など事実認定を検討する前提となる基礎的な事項の理論的・体系的な理解を修得できるような教育が実施されることが期待されるとの報告がなされた。

  (3) 以上のとおり、既存の要件事実の整理を絶対視することに対する懸念は参加者に広く共有されており、法科大学院教員から、要件事実に合わせて事案を歪めて理解する弊害が生じているなどの指摘がなされ、司法研修所の作成している教材(「紛争類型別の要件事実」の存在がこのような傾向を助長しているのではないかとの指摘もなされた。また、司法研修所教官からも、法科大学院出身の修習生の中には、「生の事実」を前にして、要件事実と法的効果のいずれの問題かが整理できなくなっている者も見受けられるとの指摘もあり、この点に関しては、要件事実の理解だけではなく、実体法の理解にも問題がありうるとの指摘が参加教員、司法研修所教官双方からなされた。
 法科大学院における要件事実教育の具体的な在り方については、「紛争類型別の要件事実」をまんべんなく講義するのではなく、着実な理解を得られるまで基本的部分を徹底的に講義するなどの方法も提案された。また、実体法教育のなかで、要件事実をどのように扱うかについては、実体法の教育を先行させるべきという意見もあったが、実体法の着実な理解が要件事実の着実な理解にそのまま結実するため本来的区分は存しない、実体法教育と要件事実教育との間で往復しながら理解させるべきなどの意見もあった。なお、司法研修所教官からは、要件事実の理解については、修習生ごとに差が大きい点に問題があるとの補足がなされたほか、実務修習から開始される現在の新司法修習に円滑に入るためには、要件事実の基礎的な部分は法科大学院で修得しておくことが必要であるとのコメントがあった。

  (4) 引き続き、事実認定の教育の在り方に関しては、司法研修所教官からは、修習生に見られる問題点として、概念としては理解しているものの、実際の証拠を前にして、いずれが処分証書であるかなどの判断が全くつかない、二段の推定の適用場面などに誤解があるなど、基礎的な概念につき表面的な理解にとどまるとされる例が紹介された。
 法科大学院教員からは、事実認定の基礎的な概念を具体的な事実と関連させて理解させるには、時間的な制約があまりに大きいとの意見や、生の事実を前にして対応できるために必要な事実認定の基礎的な概念の理解を促がすにも、適切な教育素材がないとの意見があった。もっとも、司法研修所教官からは、法科大学院教育では詳細な事案による素材を利用する必要はなく、冒頭に説明があったような法曹としての共通言語としての基礎的な概念を理解させることで十分であるが、その際、署名押印等の具体的な例がイメージできるようにすることなどが必要ではないかとの指摘があった。

  (5) 最後に法曹の在り方が多様化しているなか、要件事実の在り方にも変化が要求されうるかとの法科大学院教員の問題提起に対し、司法研修所教官からは、現在修習で行われている内容の要件事実教育はどの分野の法曹になる場合でも求められるものではないかとのコメントがあった一方、あまりにも複雑な主張整理などを要求する起案については見直しもありうるのではないかとのコメントもあった。

3 刑事系教員研修における意見交換会の概要

  (1) 公判前整理手続演習の授業見学終了後,刑事系科目を担当する法科大学院教員及び司法研修所教官による意見交換会が行われた。法科大学院の教員5名及び法科大学院協会から2名の合計17名が参加し、司法研修所からは刑事裁判教官2名、検察官教官2名、刑事弁護教官2名並びに検察所付,刑弁所付及び事務局所付各1名が参加した。
 冒頭に,法科大学院協会教員研修等検討委員会主任・松原芳博(早稲田大学)教授から,意見交換のテーマとして,①法科大学院における公判前整理手続に関する授業の在り方,②実務を見据えた刑事実体法の理論教育の在り方の2点を取り上げたい旨の提案がなされ,各テーマについて,以下のとおり意見が交わされた。

  (2) 法科大学院における公判前整理手続の授業の在り方について
 まず,司法研修所教官から,公判前整理手続は,現在の刑事実務において重要な役割を果たしていることから,司法研修所の集合修習においても演習等を実施しているところであるが,その重要性や実務修習において相当数の修習生が公判前整理手続及びその後の公判審理を傍聴していることなどに照らすと,法科大学院の授業でも取り扱うことが不可欠である旨の意見が出された。その上で,法科大学院の授業での取り上げ方として,例えば,刑事訴訟の実務の基礎科目において,①公判前整理手続の実務における重要性(目的・役割),②公判前整理手続の大まかな流れ(裁判所・検察官・弁護人それぞれがどのように手続に関与するかなど),③公判前整理手続の概要(証拠開示制度の一般論や証拠開示に関する近時の最高裁判例)を取り扱うことや,刑事模擬裁判の授業に公判前整理手続の教育を取り込むことが考えられるが,いずれにせよ,限られたコマ数を前提とすると,公判前整理手続の内容等を詳細に教えるというより,刑事裁判において公判前整理手続がなぜ重要であるのかという位置付けを中心に教えるべきであるとの意見が出された。
 また,法科大学院教員からは,実際の授業の実施状況として,刑事訴訟の実務の基礎科目において,裁判官・検察官・弁護士各教員の共同授業として証拠開示等の問題研究を行っている例や,事件記録教材を使用して公判前整理手続を含む模擬裁判演習を実施している例,刑事実務に携わる裁判官・検察官・弁護士をゲストスピーカーとして招き,公判前整理手続の実情や最近の問題点等につき解説を求めた例などが紹介された。
 さらに,法科大学院教員から,公判前整理手続演習に使用する教材の作成に苦慮しているとの実情の紹介や,研究者教員にも公判前整理手続の具体的なイメージをつかみやすくするための資料(証明予定事実記載書面のひな型等)があれば望ましいとの意見が出された。これに対して,司法研修所教官から,公判前整理手続にも対応した法科大学院での使用を念頭に置いた演習教材を作成していることに加え,刑事裁判教官室作成の「刑事第一審公判手続の概要(平成21年版)-参考記録に基づいて-」(法曹会)に基づき,公判前整理手続と裁判員裁判を実演したビデオを作成中である旨の紹介がなされた。(なお,本意見交換後に,司法研修所から,上記演習教材は平成21年4月に,上記ビデオは同年9月にそれぞれ完成したとの情報提供があった。)

  (3) 実務を見据えた刑事実体法の理論教育の在り方
 法科大学院教員から,具体的事案に対応する能力を身につけさせるためには,理論教育が土台として重要であり,例えば,共謀共同正犯の成否の検討に当たり要件該当性を考えるにしても,単に要件を学んだだけでは足りず,なぜそれが要件とされているのかといった理論面の理解が不可欠であるとの意見が出され,司法研修所教官からも,法律概念に関する事実認定を的確に行うには,要証事実の法的意義と役割に対する理解が不可欠であると指導しているなどのコメントがあった。
 また,法科大学院教員からは,学部教育と異なり,判例の考え方を理解させる点に重点を置いているが,共謀共同正犯における正犯性の基準など判例の考え方が必ずしも理論的に整理されていないと感じられる面があるため,どのように教えるかが難しい旨の指摘がなされ,これに関し,他の法科大学院教員から,刑法の授業を研究者教員と実務家教員が共同で担当する例の紹介や,今後,一層,研究者と実務家が交流を図ることにより,判例実務の考え方を理論的に整理していくことを考えてもよいのではないか,との意見が出された。
 さらに,法科大学院教員から,「共謀」などの法律概念について,どのように,あるいは,どの程度,法科大学院において,教える必要があるのかとの問題提起があったのに対し,司法研修所教官から,例えば,「共謀」については,司法修習においては,証拠上重要と思われる事実を把握し,これらを総合考慮して,共犯者との意思連絡,正犯意思の両側面から要件を充足しているか否かを検討するように指導しているが,上記事実として実務上一般に指摘されていること(例えば,「利得の有無」)を硬直的に捉え,法的概念への当てはめが適切にできない修習生も見られること,司法修習においては,は,法律概念の意義・要件・効果について,判例を踏まえた正確な理解を目指しているが,事案に対して適切なあてはめができるようにするためには,高度なことよりも,基本的な点について足腰のしっかりした理解を目指してほしいことなどの意見が出された。

以上

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