予備試験のあり方に関する意見書

2014 年 11 月 12 日
予備試験のあり方に関する意見書
法科大学院協会

この意見書は、法科大学院協会として、司法試験予備試験制度のあり方とその運用について、現状の問題点を指摘し、改善策を提案するものである。

1.新しい法曹養成制度の意義

現在の法曹養成制度は、2001 年 6 月 12 日に公表された司法制度改革審議会意見書の提言を採り入れて、2004 年から始まった。それ以前の旧司法試験の下では、学歴を問わず誰でも司法試験を受験できるという形式的な公平性はあったものの、合格率はきわめて低く、記憶を中心とする受験技術の習得を競う試験となっていた。司法試験合格者のほとんどは、その後の司法修習といわゆる二回試験を経て、法曹資格を得ていた。それは法曹という専門職を育てるために特化した教育を経ないまま司法試験という 1 回の試験における成績のみによって法曹となる適格性を測る制度であり、受験者の受験技術優先の傾向が顕著となってきたこと、大幅な合格者数増をその質を維持しつつ図ることには大きな困難が伴うこと等の問題点が指摘されていた。

新しい法曹養成制度は、このような旧司法試験の限界を克服するために、司法試験という「点のみによる選抜」に代えて法科大学院を中核とする「プロセスとしての法曹養成」を導入した。法科大学院は、単なる司法試験の受験技術を超えて、優れた法曹となるために必要な、広く深い法の理解を法曹志望者たちに習得させる使命を与えられた。それとともに、特色ある法曹を育てるために先端的な法分野を学ばせること、実務を意識した法の適用・解釈のあり方を考えさせること、さらに専門職としての責任感と役割意識を涵養する役割を担うこととなった。新しい司法制度は、優れた法曹を数多く育てるために、このような法科大学院の教育課程を経た者だけに司法試験の受験資格を認めることを原則とした。大学院専門職課程である法科大学院を中核とすることによって、法学部出身以外の様々な分野を学んだ学生や、すでに社会において十分な経験を積んだ社会人等に対して、広く法曹に進む途を開き、多様なバックグラウンドを備えた法曹を社会に送り出すことが目指された。

このような新しい法曹養成制度の下で、多くの法科大学院教員と法科大学院生が優れた法曹の養成という目標に向かって真摯な努力を重ねてきた。多数の法科大学院生が、単に司法試験受験のために法知識を積み上げるだけではなく、法曹として法律を使って問題を解決し、新たな事例に対してどのように対処するかという術を学び、また、法曹倫理科目や臨床系教育を通じて、専門職としての責任と使命を学んできた。

さらに、外国法科目や外国人教員による授業、交換留学制度などを通じて、国際感覚も涵養してきた。法科大学院教育、司法試験、司法修習というプロセスに主眼を置いた新しい制度は、多数の優れた法曹を輩出し、現在では我が国の法曹人口全体の中で、およそ 3 分の 1 は法科大学院出身者が占めるに至っている。これらの、将来の司法制度を担う若き法曹は、法の専門職として様々の分野で活躍し、また、これまで弁護士が少なかった地域や職域にも進出して、法のもたらす恩恵を社会全体に浸透させることに大きく貢献している。法科大学院の教員たちは、法曹を目指すという志を同じくする人々が集まって切磋琢磨することが、法学の学修の上でも、専門職としての法曹にふさわしい責任感・倫理感を育てる上でも、大きな効果をもつことを実感している。

他方で、法科大学院の間で、教育の内容やその成果についての格差があることも事実である。法曹養成という目的に照らして、満足すべき結果を示すことができていない法科大学院もある。法科大学院進学を希望する者が減少する中で、法科大学院は厳しい競争の中にあり、入学志願者が集まらない法科大学院は、淘汰を避けられない状況にあるが、各法科大学院は、それぞれの創意と工夫により、教育の内容を改め、教育の質をさらに高めるべく、改善の努力を続けている。

2.予備試験制度の目的と現状

しかし、法科大学院がこれまで示してきた実績とさらなる改善の努力に対して、2011年度から導入された予備試験制度は、大きな阻害要因となっている。予備試験は、司法制度改革審議会意見書において、法科大学院を中核とする新たな法曹養成制度の趣旨を損ねることのないように配慮しつつ、「経済的事情や既に実社会で十分な経験を積んでいるなどの理由により法科大学院を経由しない者にも」法曹資格を取得する適切な途が確保されるべきであるとされ、これを受けて、法科大学院を修了しない者についても司法試験を受験する可能性を開く制度として認められたものである。本来であれば、すべての人々に法科大学院で学ぶ機会を保障するのが理想であり、経済的な事情で法科大学院に進学できない者に対しては、財政的支援を手厚く認めることが期待された。法曹の資格を得るためには、法科大学院の教育課程を修了した者が司法試験に合格し、司法修習を終了するという過程を経る必要があることが大原則であった。

その中で、予備試験は、きわめて例外的な制度であり、法科大学院修了と並ぶもう一つのルートとして司法試験合格の途を開くものではなかった。しかし、制度導入に当たって、上記意見書が前提とした要件の有無を出願者ごとに正確に判定することが実際上きわめて困難であることなどが考慮され、最終的には受験資格を制限しない制度として予備試験がスタートした。

この予備試験は、2011 年度から実施され 2014 年度試験の合格発表を経た段階にある。受験者数は、初年度の 6,477 人から、7,183 人、9,224 人、10,347 人と年々増加している。しかし、その中で、出願時に大学生であった者の割合は、18.8%、22.8%、26.5%、27.4%と急速に増加している。同様に出願時に法科大学院生であった者の割合は、3.0%、7.3%、15.8%、17.8%と増加している。出願時に無職であった者の割合も大きく、33.2%、29.5%、23.8%、22.2%となっている。その結果、2014 年度には、予備試験受験者のうち、出願時に大学生または法科大学院生である者が 45.3%を占めるに至っている。これに無職者を加えると、受験者の67.5%となる。逆に、出願時に有職者であることを明確に申告した受験者の割合は、28.4%に留まる。このように、予備試験を受験する者の多数は、予備試験制度が想定していた人々ではなく、すでに法科大学院に進学して、法科大学院教育を受けている者、あるいはこれから法科大学院に進学する年代の学部生であり、その傾向が年を追うごとに強まっている。

予備試験の合格者については、このような傾向がさらに顕著である。予備試験の合格者数は、2011 年度の 116 人から、219 人、351 人、356 人と増加している。予備試験合格者のうち、出願時に大学生または法科大学院生だった者の割合は、41.4%、59.4%、76.6%、78.4%と急激に増加している。逆に予備試験合格者中、出願時に有職者であることを明確に申告した者の割合は、30.2%、19.2%、10.8%、10.1%と大きく低下している。年齢でみると、予備試験合格者中、24 歳以下の者が、2013 年に 59.0%、2014 年に 57.3%を占めている。

さらに、予備試験合格資格に基づいて司法試験に最終合格した者の中で、司法試験出願時に大学生または法科大学院生であった者の割合はきわめて高い。2012 年度においては、予備試験を経由して司法試験に合格した者は 58 人であるが、このうち、司法試験出願時点で大学生が 26 人(44.8%)、法科大学院在学中の者が 8 人(13.8%)であり、年齢層で見ると 20~24 歳の若年者が 30 人(51.7%)であった。2013 年度においては、予備試験経由の司法試験合格者 120 人のうち、大学生が 41 人(34.2%)、法科大学院生が 33 人(27.5%)であり、また、20~24 歳の若年者が 64 人(53.3%)であった。さらに、2014 年度においては、予備試験経由の司法試験合格者 163 人のうち、大学生が 47 人(28.8%)、法科大学院在学中の者が 72 人(44.2%)であり、また、20~24 歳の若年者が 96 人(58.9%)である。逆に司法試験出願時に有職者であることを明確に申告していた者は 18 人(11.0%)に止まる。

とくに、予備試験経由の司法試験合格者が大きく増加した 2013 年度と 2014 年度を対比すると、合格者総数は 43 人増加したが、この数値は大学生及び法科大学院生の増加数にほぼ一致し、かつ、年齢層としても、20~24 歳の合格者数の増加が 32 人となっている。

このように、現在の予備試験は、制度本来の目的と異なり、法科大学院で学ぶ者、あるいはこれから法科大学院において学ぶことのできる者が、その過程を省略して早期に司法試験を受験するための便法として使われている。

また、予備試験の出題形式が基本的に司法試験に類似することから、法科大学院生が司法試験のための模擬試験として利用しているという側面もある。予備試験の受験資格を旧司法試験の場合と同様に全く制限しないという現在の制度の下では、制度本来の趣旨や理念と現実の利用方法との間にこのような大きな乖離が生じるのは不可避的であり、現在の予備試験制度は根本的な矛盾を抱えている。

3.現状の予備試験運用の弊害

このような予備試験の現状は、多くの弊害を生じさせている。

第一に、現在の予備試験の運用は、新しい法曹養成制度によって克服しようとした旧司法試験の弊害を再現させている。大学在学中に予備試験を受験する者のほとんどは、法学部生であり、その多くは、大学入学後間もない時期から予備校に通って司法試験の受験準備をしている。このような傾向は、これまで司法試験の合格者を多く出してきた大学の法学部で、特に顕著である。法科大学院を中核とする新しい法曹養成制度は、大学の学部や社会での幅広い経験の上に、大学院で専門職を目指して本格的に法を学ぶことを目指している。しかし、予備試験が大学在学生にも受験資格を認めることから、学生は、大学入学後の早い時期から、予備試験及び司法試験の受験に向けた学習を始めることになる。現在、早い時期に予備試験に合格し、その後司法試験に合格する者は、一定の高い学習能力を備えた者であることは否定できない。しかし、重要であるのは、そのように高い学習能力を備えた者が、学部生として幅広い知識と経験を身につけ、法科大学院において充実した教育を受けることにより、さらに高度の能力を備え、将来の司法制度を担う中核的な法曹として活躍することが期待されるという点である。司法試験に合格する能力に到達していれば足りるという発想を転換して、法科大学院における教育を経ることにより、試験では確認することのできない能力を涵養することができるというのが、教育プロセスを重視し、法科大学院制度を導入した根本理念であり、司法試験に合格する能力があれば十分であるという考え方は、この理念をまったく考慮しないものである。

第二に、予備試験の現状は、法科大学院を中核とする新しい法曹養成制度の意義を根底から覆しかねない。現状では、あたかも予備試験経由で早く司法試験に合格する者がより優れた資質を備えた者であるとみなすような風潮が生じかねない。予備試験合格者が増え、司法試験合格者のうちに予備試験経由者の占める割合が高まってくると、そのような風潮はさらに助長されることになろう。その結果、法科大学院で 3 年ないし 2 年の学修期間を費やして、司法試験には直結しない多数の授業科目も含めて深く広く法を学ぶことの意義が見えにくくなっている。このまま推移すると、10 年前に法曹養成制度を根本的に改革した理念が失われるおそれがきわめて大きい。

第三に、予備試験の現状は、法科大学院での教育と学修にも悪影響を及ぼしている。予備試験という短縮路が大きな存在感を持つために、法科大学院生の関心も予備試験そして司法試験に早く合格することに集中しがちである。そのため、司法試験科目以外の学修や臨床系科目などへの熱意が失われる傾向がある。甚だしい場合には、法科大学院在学者が、予備試験の受験準備のために本来の授業のための予習、復習をおろそかにするという本末転倒の事態も生じている。このような弊害は、修了者の司法試験合格率が高い法科大学院で顕著になりがちである。しかし、このような傾向は、単に一部の法科大学院で見られるというだけでなく、法科大学院生全体の関心を司法試験に合格することだけに向けさせることになるという意味では、すべての法科大学院に影響を及ぼしている。

第四に、予備試験の現状は、法曹を目指す人々の意識を一定の時間とコストを必然的に必要とする法科大学院より、予備試験を経由して司法試験に合格するという方向に向かわせることによって、法科大学院への進学の意欲をそいでいる。それが法科大学院への入学志願者を減らし、法科大学院の活力を損なう重要な原因の 1 つとなっている。その傾向は、一部の法科大学院に限らず、法科大学院全体に及んでいる。それは、個別の法科大学院にとっての利益の問題ではなく、優れた法曹を数多く育てるためには、法科大学院に多様な背景を持つ多くの人々が集まり、そこから生まれる競争的な環境の中で教育することが重要であるという法科大学院制度の存在理由そのものを揺るがすものといえる。新たな法曹養成制度の理念が、予備試験という、本来例外的な制度として導入された試験によって失われてしまうとすれば、それは社会全体にとっての大きな損失である。

4.予備試験制度の改革について

前述のとおり、現在実施されている予備試験は、当初考えられていた制度趣旨とは大きく乖離し、法科大学院制度そのものを崩壊させかねない事態を招いている状況にある。これをあるべき姿に立ち返らせるためには、どのような制度改革が必要か。第一の問題は、予備試験内容の制度改革であり、第二の問題は、予備試験の受験資格制限である。

(1)予備試験科目及び試験内容の見直し
予備試験は、法科大学院課程の修了者と「同等の学識及びその応用能力並びに法律に関する実務の基礎的素養を有するかどうかを判定することを目的」として実施されるものであるが(司法試験法 5 条 1 項参照)、法学未修者が法科大学院課程を修了するためには、3 年の標準年限の間に 93 単位ないしそれ以上の単位を修得する必要があり、かつ、各法科大学院が開設する法律基本科目、法律実務基礎科目、基礎法学・隣接科目及び展開・先端科目の各科目分野から所定の単位を修得する必要がある。これらの科目の履修にあたって、そのいずれかに過度に偏ることのない学修内容となることが求められ(平成 15 年度文部科学省告示第 53 号 5 条 2 項参照)、これを受けて、各認証評価機関においては、法律基本科目の単位数割合が修了要件単位数のおおむね3 分の 2 を超えてはならず、法律実務基礎科目について 10 単位程度以上、基礎法学・隣接科目について 4 単位程度以上、展開・先端科目について 12 単位程度以上の単位修得が必要であるとする認証評価基準ないし基準適用のための解釈指針が定められている。すなわち、法科大学院修了のためには、法律基本科目や法律実務基礎科目のうち必修科目とされている法曹倫理、民事実務基礎科目、刑事実務基礎科目のほか、これら以外の分野に係る多数の必修ないし選択科目の履修が必要となっている。

また、法学既修者については、法律基本科目について、おおむね法学未修者 1 年次に学修する法律基本科目に対応する単位数として、30 単位程度の履修免除が認められているが、2 年の学修期間において修得が必要となる 60 数単位のうち、その 2 分の 1弱に相当する単位は、法律基本科目分野以外の科目から履修することが必要となる。

法科大学院修了者は、学士課程を修了した後に、適性試験によって学習能力を試された上で、上記のような教育課程を経ることにより、司法試験ではおよそ問うことのできない多様な法分野についての知見を備え、また、法の基礎に存在するものの考え方を養うことになる。

翻って、予備試験において必要とされるのは、法律基本科目の 7 分野と法律実務基礎科目のほか、一般教養科目であるにすぎず、これらは、一般教養科目を除けば、法科大学院において必修科目として履修する科目の一部にすぎない。また、修了要件を充たすために必要な基礎法学・隣接科目や、展開・先端科目についての学修はまったく必要とされず、法律実務基礎科目についても、エクスターンシップ、リーガル・クリニックなどの臨床系科目等の学修経験等はまったく問われていない。

さらに、予備試験の出題内容は、基本的に、司法試験と類似するものとなっており、法科大学院生が、その学修を通じて段階的に学ぶべき内容を反映するものとはなっておらず、たとえば、各授業やその事前・事後の学修を通じて学ぶことのできる多様なものの見方、学説と判例の位置づけ、事案分析に基づく判例の射程のとらえ方等を問うものとはなっていない。また、法科大学院の授業においては質疑応答を通じて、単に知識を確認するだけでなく、思考のプロセスを学ぶ機会が与えられているが、予備試験においては、法律実務基礎科目について短時間の口述試験が行われるのみであり、筆記試験が行われる法律基本科目についてすら、このような能力を確認する機会が存在しない。

このようにみると、現在の予備試験は、司法試験法が定める目的に反して、その試験科目においても、また試験内容についても、法科大学院修了者と同程度の能力があるかどうかを判定するものとはなっていない。

予備試験が試験である以上、法科大学院教育課程のプロセスをそのまま反映するような内容とすることは困難であるとしても、可能な限り、法科大学院修了者と同程度の学修が行われていることを確認することができる試験に改めることが必要である。

具体的には、たとえば、法律基本科目について、多様な問題の学修成果を確認することができるよう、短答式試験についても論文試験についても、その問題数を増やし、さまざまな能力を問うことができる内容とすること、基礎法学・隣接科目分野から 2科目、展開・先端科目分野から数科目の試験科目を課すること等の措置を講じることが考えられる。

(2)受験資格の制限
(2-1) 予備試験を経由した司法試験合格者の現状
予備試験導入の当初から、予備試験の受験資格を制限すべきかどうかについて議論の対立があったが、「2.予備試験制度の目的と現状」の冒頭部分で述べたとおり、最終的には受験資格を制限しない制度として予備試験がスタートした。しかし、その理念において、司法試験のような「点」で能力を判断するのではなく、法科大学院教育のプロセスを終えた者が司法試験、司法修習を経て法曹となるという法曹養成制度が本来のあるべき姿であるという点は一貫して維持され、考え方として、大学を卒業し、法科大学院教育を経た者が司法試験を受験することが大原則であることには変わりがなかった。

しかし、同じく「2.予備試験制度の目的と現状」において詳しく述べたとおり、予備試験を経由した司法試験合格者の現状を見ると、その合格者の大多数は、種々の事情により法科大学院教育を受けることができない者、あるいは実社会の経験を考慮して、そのような必要性を欠くと考えられる者ではなく、大学の学部あるいは法科大学院に在学する者である。

このデータは、予備試験が、本来想定していた対象者のために司法試験受験を可能とするものとはまったく異なり、すでに法科大学院において学修機会を与えられている者、あるいは学部に在学し、これから法科大学院に進学する年代に属する者が、法科大学院の修了を待たずに、司法試験に合格することを目指すためのルートとして利用されていることを端的に示している。

(2-2) 受験資格制限の必要性
法科大学院制度の理念そのものを否定し、司法試験に合格さえすればそれで足りると考える立場からは、予備試験を経由して司法試験に合格することができればよいのであり、予備試験について受験資格の制限を考えることは適切ではないということになろう。実際、法科大学院と受験資格に制限を設けない予備試験制度とを併存させて競争させればよいという主張も聞かれる。

しかし、法科大学院を法曹養成のための中核的な教育機関として位置づけ、旧来の、司法試験という「点」による選抜から「プロセス」としての教育を重視する方向に転換するという基本理念を維持するのであれば、司法試験の合格だけでは測ることのできない法学的知見・見識、ものの考え方を養成し、創造的・批判的な法曹を育成するための教育課程を経る必要があるという根本の原則に立ち返って、予備試験制度のあり方を見直すべきである。そして、本来、法科大学院の教育課程を経るべき者が、法科大学院教育を修了することなく、予備試験を経て司法試験に合格することがないよう、予備試験の受験資格を制限するべきである。一部には、法科大学院教育が十分に魅力的であれば、法科大学院に進学して教育を受ける途を選ぶはずであるという意見も聞かれる。しかし、これはあまりに楽観的な見方である。時間とコストを必要とするルートを回避する方法が認められているのであれば、大学生や法科大学院生がその方法を選択して、予備試験を受験することは避けがたく、法科大学院教育が充実していさえすれば問題は生じないはずであるという考え方は現実を直視しないものといわざるを得ない。

高度の専門職である医師や歯科医師等の養成について、医学部・歯学部で学ぶ過程を省略して国家試験で能力を判定するだけで足りるという意見は聞かれない。専門職を育てるためには、それにふさわしい教育課程が必要である。このことは、法曹養成についても同様に当てはまるというべきである。

(2-3) 具体的な制限の方策
では、具体的にどのような方法で受験資格を制限するべきか。当初の理念からすると、その趣旨に最も適合する制限は、①受験資格を「経済的事情等によって法科大学院に進学することができない者」や「十分な社会経験を積んだ者」に限るとする案である。ただし、すでに予備試験の導入時に議論がなされ、そのような制限が断念された経緯からも知られるように、実際に、これらの要件の充足の有無を的確に判断することがどうすれば可能かという、技術的な問題が残る。

そこで、①案が実現できない場合のための別案として、②法科大学院在学生の受験を認めないとする案、③一定の年齢制限等を設けて、法科大学院の修了者と同等の年齢に達するまでは予備試験の受験を認めないとする案等が考えられる。これらは、いずれも要件の充足の判断については、①と比較するとそれほど困難とはいえず、そのような制限の当否と意義が問題となる。

このうち、②案は、すでに法科大学院教育を実際に受けている者に受験資格を認める必要はないという点では、最も簡明である。しかし、学部在学中に予備試験に合格し、法科大学院在学中に、その資格に基づいて司法試験を受験する可能性を排除できない。かりに、そのような法科大学院生について司法試験の受験資格も制限するとすれば、法科大学院への進学自体を回避し、学部在学中に司法試験に合格しない場合でも、学部卒業後も司法試験の受験を継続することになる可能性が高い。また、学部生が在学中及び卒業後に予備試験の受験を継続することも防ぐことができない。つまり、②案だけを単独に導入したのでは、学部生が法科大学院を回避して司法試験の最終合格を目指す途を広く残すことになる。

これに対して、③案においては、学部在学生及び法科大学院在学生の受験資格を制限する方法、それに加えて、通常法科大学院を修了できる年齢に相当する一定の年齢に満たない者の受験資格を認めないとする方法等が考えられる。いずれも、法科大学院にすでに進学している者のみならず、いまだ法科大学院に進学する年齢に達していない者が、予備試験を経由して司法試験に合格する可能性を認める必要がないという考え方に基づく点で共通する。

以上に述べた制限案に対しては、年齢による差別に当たるとする疑問や職業選択の自由を不当に侵害するとの疑問も提示されている。しかし、年齢による制限やそれに実質的に相当する学部在学生の受験制限に合理的な理由がないといえるか、職業選択の自由を不当に侵害するといえるかどうかは、法科大学院制度のありようとの関係で考察することが必要である。たとえば、医師や歯科医師等の国家試験受験資格については、大学の医学部・歯学部の修了者であることを原則とし、例外は、医師の場合、(a)外国の医学校を卒業し、又は外国で医師免許を得た者で、一定の要件を充たした者、及び、(b)「医師国家試験予備試験に合格した者で、合格した後1年以上の診療及び公衆衛生に関する実地修練を経たもの」に限られる(医師法 11 条)。この医師国家試験予備試験の受験資格も、「外国の医学校を卒業し、又は外国で医師免許を得た者のうち、(a)に該当しない者であって、厚生労働大臣が適当と認定したもの」(同 12 条)に限られている。そして、このような受験資格制限が憲法上の原則に反するとは考えられていない。このように、医師国家試験の受験資格及び医師国家試験予備試験の受験資格の限定は、すべて一定の教育を受けていることを要件とするものである。専門的教育を受けていない者の方が本来の教育課程を経るよりもかえって容易に受験資格を得ることができるような制度はとられていない。専門職となるための試験である以上、それが当然の姿である。法科大学院が専門職としての法曹を養成する教育機関であり、原則として、法科大学院修了者にのみ司法試験の受験資格が与えられるべきであるとする制度趣旨を考慮するならば、医師・歯科医師国家試験におけると同様な受験資格の制限をしても、それが憲法上の原則に反すると考えることはできない。まして、予備試験の受験年齢を通常法科大学院を修了する年齢に合わせて制限することだけで、不当な制限になるとはいえない。現在の予備試験が受験資格を制限しない制度になっているからといって、それが本来当然のあるべき姿であると考えるのは、現状に囚われた思い込みであろう。

これらの予備試験受験資格の制限によって、法科大学院に通えない者が法曹になるための途が閉ざされるという主張もある。しかし、現在の予備試験が、主として、法科大学院において十分学ぶことができる者のための短縮経路になっているという現実を見据えるべきである。また、多くの人々に法科大学院教育を受ける可能性を確保するためには、奨学金の充実、夜間開講法科大学院の存置、法科大学院の均衡のとれた配置などが、本来追求すべき方策である。さらに、法科大学院進学者は法科大学院を修了してはじめて司法試験を受験する資格を得ることができるのであるから、法科大学院に進学することのできない者が、法科大学院を修了することのできる年齢まで予備試験・司法試験を受験することができないとしても、それによって法曹になるための途が閉ざされることになるとはいえない。

法曹養成の中核を担うべき法科大学院における教育課程を経ないまま早期に司法試験受験資格を得ることができる予備試験が、いかなる受験資格制限もない制度として存続し続けることは、法科大学院を中核とする法曹養成制度の根幹を揺るがすだけではなく、わが国の法曹養成制度に対する国際社会の信頼を喪失させるおそれもあり、何らかの形で予備試験受験資格に合理的な制限を設けることが緊急かつ不可避の課題となっている。

5.結語

以上に述べた予備試験制度の改革とともに、法科大学院において、その与えられた使命にふさわしい充実した法曹養成教育を実施し、その質をさらに向上させるため不断の努力を払うことが必要であることはいうまでもない。

しかし、予備試験の現状をこのまま放置すると、旧司法試験におけるとまったく同様に、学部の段階から予備試験・司法試験の合格に向けた学修に励む学生がますます増加し、予備試験を志望する受験者の増大と反比例して、法科大学院への進学を目指す学生が減少し、ごく近い将来、法科大学院を中核とする法曹養成制度が瓦解するおそれがきわめて大きい。予備試験制度の根本的な改革は喫緊の課題であり、ただちに改革に取りかかる必要がある。それと同時に、そのような改革が実現するまでの間、予備試験の合格者数を制限することによって、予備試験が法科大学院制度に及ぼす悪影響をできるだけ小さくすることが不可欠である。

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