プロセスとしての法曹養成制度の堅持と一層の充実に向けて

平成25年5月11日
法科大学院協会理事長
鎌 田 薫

法科大学院制度は発足して 10 年目を迎えた。しかし、大きな期待を集めてスタートした新たな法曹養成制度は、今、おそらく多くの法科大学院関係者が想像しているよりもはるかに厳しい状況におかれている。

3,000 人を目指すとされた司法試験合格者数は、平成 19 年以降、概ね 2,100 人前後で推移し、司法試験合格率は当初目標とされた 7~8 割を大幅に下回る状況が続いている。これに加えて、司法修習修了者の就職状況も困難さを増していることなどを背景として、平成 16 年度には延べ 72,800 名であった法科大学院志願者が平成 25 年度には13,924 名にまで激減し、本年度の適性試験出願者も昨年に比して 15%程度少なくなっている。このように法曹を志す者が急速に減少していることは、わが国の司法制度の将来にとって極めて深刻な事態であり、こうした事態を招いた一因が新たな法曹養成制度にあるとして、これを強く批判する意見も強まっている。また、予備試験制度の受験者は増加傾向にあり、プロセスとしての法曹養成制度の理念が揺るがされるのではないかという懸念も生じている。

そのような状況の中で、法曹養成制度が抱える様々な課題と、その解決策について検討を重ねてきた法曹養成制度検討会議が「中間的取りまとめ」を公表した。

この「中間的取りまとめ」は、司法制度改革の理念を踏まえて、プロセスとしての法曹養成制度を堅持することを明らかにする一方で、教育体制が十分でない法科大学院の定員削減や統廃合などの組織見直しを促進すること、法学未修者教育の充実など法科大学院教育の質の向上について必要な方策をとることなど、法科大学院側のとるべき改善策を指摘している。

各法科大学院は、それらの指摘を真摯に受け止め、それぞれの教育内容等の改善に努め、速やかにその成果を示すことで、社会の信頼に応えていかなければならない。しかし、法曹養成制度が直面している諸課題は、もっぱら個々の法科大学院の教育改善の努力によって解決されるべきものとするのは、正当でない。例えば、司法試験合格率の問題にしても、法科大学院の入学定員の削減だけでなく、司法試験合格者数の増加によっても、これを改善しうることは自明の理である。社会の隅々にまで法の支配を及ぼさせるという司法制度改革の理念に照らすならば、むしろ後者の途を目指すべきものと考える。

とはいえ、法科大学院の入学定員と司法試験合格者との間に、当初から構造的な不均衡があったことも否定しがたい。法科大学院発足当初の入学定員は 5,825 人を数え、司法制度改革審議会が当面の目標とした司法試験合格者 3,000 人が実現されたとしても、累積合格率は約 50%に留まることが予想された。こうした不均衡がもたらす弊害が徐々に顕在化するのに対応して、各法科大学院において、入学定員の削減に努めた結果、現在の入学定員は 4,500 人を下回るに至っている。しかしながら、司法試験合格者数と入学定員の不均衡は依然として大きいし、平成 25 年度の実入学者数は入学定員の約 6割に相当する 2,698 名に止まっている。

他方で、司法試験合格者を増やすためには、法曹または法曹有資格者が、ありとあらゆる分野で活躍すべく、活動領域の拡大を一層強力に推し進めていく必要があるものの、社会全体がそうした変化を受け入れるには一定の時間がかかることも認めざるを得ない。

こうしたことから、「中間的取りまとめ」は、「今後の法曹人口の在り方については、法曹としての質を維持することに留意しつつ、法曹有資格者の活動領域の拡大状況、法曹に対する需要、司法アクセスの進展状況、法曹養成制度の整備状況等を勘案しながら、その都度検討を行う必要がある」としつつ、法科大学院の入学定員については、「現在の入学定員と実入学者数との差を縮小していくようにするなどの削減方策を検討・実施し、法科大学院として行う教育上適正な規模となるようにすべきである」と指摘している。

入学定員の削減や統廃合は、法科大学院にとって「痛み」を伴うものであり、その実現は決して容易でない。しかし、これを実現するために新たな法的措置も検討すべきであるという厳しい指摘がなされているのは、法科大学院が法曹養成に特化した専門職大学院であり、司法試験の受験資格が、原則として、その修了者に限定されているからである。こうした制度が構築された基礎には、従前の法曹養成制度の欠点に対する反省を踏まえ、法科大学院における密度の濃い授業、厳格な成績評価・修了認定などによって、新しい時代に即応した優秀な法曹を養成することが強く期待されたからである。その期待を裏切るようなことがあれば、それは、既に3万人を超える修了者たちの将来を傷つけ、ひいては法曹に対する国民の信頼を揺るがし、プロセスとしての法曹養成制度を崩壊させることになりかねない。それゆえ、たとえそれが激しい「痛み」を伴うものであったとしても、各法科大学院においては、自らに託された責任の重さを深く自覚し、厳しい自己点検・評価に基づいて、自治・自主性を本旨とする大学にふさわしい対応を速やかに行うことによって、社会的な信頼を回復していくべきものと考える。

裁判の迅速化や裁判所へのアクセスの拡充、裁判員裁判制度の導入や刑事司法改革など、司法制度改革が目指した目標は、着実に実を結びつつある。それらの目標の実現をさらに確実かつ徹底的なものとするためには、プロセスとしての法曹養成制度の理念を尊重しつつ、質・量ともに豊かな法曹を輩出していくことが不可欠である。その意味で、今後、法曹の職域の拡大、司法試験や予備試験制度、司法修習の在り方なども含め、法曹養成制度全体の改善に向けて講じられる措置は、受験技術の習得に著しく傾いたかつての状況に逆戻りさせるのではなく、既存の法理を批判的に検討し、発展させていく創造的な思考力、事実に即して具体的な法的問題を適正に解決するための法的分析能力や論理構成力、議論の能力等を効果的に育成しうるものとなるよう、十二分に配慮しなければならない。

今後、法科大学院においては、教育の質のさらなる向上に向けて最大限の努力を重ねていく必要があるが、同時に、政府や法曹三者などの関係機関・団体におかれては、司法制度改革の理念を踏まえて、プロセスとしての法曹養成制度の堅持と一層の充実に向けた措置を速やかに講じるよう強く期待するとともに、国民各位におかれても、法科大学院における教育の改善に向けた真摯な取組みに対し、ご理解とご支援を賜るよう、切にお願いしたい。

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