理事長を去るにあたって

2008年3月22日

佐藤幸治

平成11(1999)年の司法制度改革審議会設置法は、「21世紀の我が国社会において司法が果たすべき役割を明らかにし、国民がより利用しやすい司法制度の実現、国民の司法制度への関与、法曹の在り方とその機能の充実強化その他の司法制度の改革と基盤の整備に関し必要な基本的施策について調査審議する」と定めた。審議会はその趣旨に沿って調査審議を行い、従来国民から縁遠く高嶺の花であった司法を、国民の身近にあって頼りがいのある「国民の司法」に改めるべく、それに必要な様々な提言を行った。政府はこの提言を「国家的戦略」と位置付けてその実現に懸命に取り組み、そして国会は濃密な審議を通じてほぼ全会一致で改革に必要な24件の法律を成立させた。ここに司法制度改革は国民的総意となった。

この司法制度改革の成否は、制度の運用に直接携わる質量とも豊かな人材(法曹)の確保にかかっているといっても過言ではない。法科大学院は、新しい法曹養成制度の「基幹的な高度専門教育機関」(審議会意見書)として、平成16(2004)年に始まった。その目的は、理論的教育と実務的教育を架橋するものとして、公平性、開放性、多様性を旨としつつ、法科大学院の教育理念の実現に努め、法律専門家として社会に貢献できる多様で有能な法曹を数多く世に送り出すことであった。多くの有為の人々がこの目的に共感して法科大学院に入学し、教員は入学者と社会の期待に応えるべく試行錯誤を重ねながら新しい法曹養成教育に取り組んできた。法科大学院は、真摯に法を学ぶ場となり、修了者の一期生はすでに実務に就いている。法学以外の分野から転身し、法科大学院を経て司法修習生となった者も多い。法科大学院教員は、法曹養成制度の改革が、日本の社会の為に正しい選択であったと実感している。

しかし同時に、法科大学院の現状に対しては、様々な厳しい批判もあるところであり、法科大学院として真剣に取り組んでいかなければならない課題も少なくない。まず第一に、適性試験の内容・実施体制の充実・改善を図りつつ、法科大学院の教育理念にふさわしい入学者選抜の在り方につき一層の工夫をこらさなければならない。第二に、法科大学院教育の共通的な到達目標の明確化とその達成、法学既修者および法学未修者のそれぞれのコースの運用の改善、法科大学院教育と司法試験・司法修習とのより効果的な連携の確立を図らなければならない。第三に、質の高い教員の養成・確保と教員の教育能力の向上・教育方法の改善を図るとともに、教育・研究の事務的支援体制の強化を追求しなければならない。法科大学院協会は、適性試験と入学後の履修成績との関連性あるいは履修成績と司法試験との関連性についての検証に取り組み、その結果はやがて明らかにされようとしているし、また、認証評価機関による詳細かつ厳正な本評価が実施され、その結果も間もなく公表される。これらを踏まえて、各法科大学院は教育内容の一層の充実強化に取り組むことが求められている。

そのような中にあって、近時、法曹人口の増員計画にブレーキをかけ、新司法試験合格者の数を当初の予定より減らすべきであるという主張が登場していることに、私たちは強い憂慮の念を抱くものである。法曹人口の増員が弁護士の競争の激化をもたらし、それに不安を覚えている人々がいることは十分に理解できるところであるが、今ここで増員計画を変更することは、困難を覚悟して法律家を目指して挑戦を始めた人々の信頼を損ねるだけでなく、「国民の司法」を確立するという国民的総意となった司法制度改革そのものを未完のままに終わらせることになるものと危惧される。

将来の法曹の数を決めるのは、既存の法曹でも法科大学院関係者でもなく、司法制度を利用する国民である。日本の社会が、より多くの、より多様な、そしてより有能な法曹実務家を求めていると考える。そしてそれは、グローバル化の進展する国際社会において日本がどのように生存を図るかという「国家的戦略」にも深くかかわっていることを忘れてはならない。各法科大学院は自己に対する厳しい批判を謙虚に受けとめ、法科大学院に付託された使命を不断に想起しつつ、教育の方法および内容の向上に向けてさらなる努力を続けられんことを願うものである。

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