法科大学院制度と新司法試験の原点に立ち返って

2007年7月6日
法科大学院協会 理事長 佐藤幸治

報道されてきたところによれば、司法試験考査委員の一人(その後解任)が、所属法科大学院において、試験前に答案練習会なるものを行い、その中で司法試験の問題を示唆したのではないか、さらには、司法試験受験者に対して、再現答案を提出すれば添削をする旨のメールを送ったのではないか、ということが指摘されている。

事実であるとすれば、前者は問題漏洩行為にあたる可能性があり、後者は公表の予定されていない司法試験の採点基準を一部の法科大学院修了者にのみ告知する行為にあたるのではないかの疑いの余地がある。

法科大学院制度は、質量とも豊かなプロフェッションとしての法曹を確保し、司法制度の人的基盤を拡充するため新たに整備された「プロセス」としての法曹養成制度の中核として位置づけられているものである。それは、従来の司法試験という「点」のみによる選抜の下において、限られた科目についての受験者の受験技術優先の傾向が顕著になってきたことへの反省に基づくものである。法科大学院においては、理論と実務を架橋する充実した教育を行い、「国民の社会生活上の医師」としての役割を期待される法曹に共通して必要とされる専門的資質・能力の修得と、人々の喜びや悲しみに対して深く共感しうる豊かな人間性の涵養・向上を図ることが意図されている。そして新司法試験は、このような法科大学院の教育内容を踏まえたものとし、かつ、十分にその教育内容を修得した法科大学院の修了者に司法修習を施せば、法曹としての活動を始めることが許される程度の知識、思考力、分析力、表現力等を備えているかどうかを判定することを目的とするものとされている。

今般の事件は、事実であるとすれば、このような意義を担う法科大学院の教育理 念や新司法試験の趣旨に対する国民の理解の深化にとって重大な阻害要因となることが懸念される。何よりも新司法試験の公正性に対する国民の信頼を損ね、また、法科大学院における教育があたかも新司法試験に合格させることだけを目的とするも の(司法試験合格の自己目的化)であるかのように受けとめられかねないことを恐れる。いうまでもなく法科大学院は、双方的、多方向的で密度の濃い教育を通じて、法律基本科目群、実務基礎科目群、基礎法学・隣接科目群、展開・先端科目群のバラ ンスのとれた履修を確保し、「国民の社会生活上の医師」たるにふさわしい法曹を養 成しようとするものであることは、いくら強調しても強調しすぎるということはない。もとより、この法科大学院の教育において、法的文書を作成するなど法的分析結果を的 確に表現する能力を鍛える必要があることは当然である。

今般の事件は一法科大学院における一教員の特異な行為であって、全国の法科大学院の大多数の教員は法科大学院の教育理念に則り懸命に教育に取り組み、学生諸君もそれに応えて勉学に勤しんでいると信ずるものであるが、今般の事件の発生とその背景について省察しつつ、改めて法科大学院創設の原点に立ち戻り、国民によってわれわれに託された重い使命を果たすことをお互いに誓い合いたいと思う。 関係各位をはじめ広く国民のご理解とご支援を賜れば幸いである。

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