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弁護士の枠を超える楽しさ

弁護士法人キャスト 弁護士・弁理士 島田敏史

島田敏史 弁護士法人キャスト 弁護士・弁理士
中国での実務経験、特許庁での勤務経験を活かして、知的財産・渉外(日中ASEAN)分野を中心に多くの日系企業へアドバイスを提供。
志を共有できる仲間を募集しています。いつでもお気軽にご連絡ください。

新人の頃

 私は、最初から法曹を志望していたわけではありません。大学時代は、ダンスや演劇に明け暮れるという一風変わった学生でしたが、人の役に立ちたいと漠然と思っていたことから、周りが就職活動を始める時期に法曹を目指すことにしました。ちょうどロースクールができる頃でしたが、「ロースクールはより良い法曹を養成する所」と謳われていましたので、ロースクールを経て法曹になりました。
 2007年に弁護士になったばかりの頃は、社会人経験のなかった私はどのように仕事を進めればよいか分からず、失敗をしながらも必死に仕事をすることだけで精一杯という毎日でした。結果として、1年を過ぎた頃からようやくある程度自分の思ったように仕事ができるようになり、そこからは仕事に振り回されるようなことはなくなりました。当時は、やや大きめの倒産処理事件や企業間の紛争処理、知的財産案件等のほか、交通事故や離婚・相続等の家事事件、少年事件等の刑事弁護といったように、特に専門性をもつことなく目前の仕事を懸命にこなすという感じでした。
 振り返ると、仕事ができるようなる過程で、(1)事実関係を正確に把握・整理し、論理的思考をもって結論を導き出す力、(2)お客様を満足させる力(紛争に勝つ、よく動く、よく話を聞く、よく説明する、代わりに決断する、一緒にお酒を飲む等)が身についたと思います。そして、結果として、ここで身につけたこの2つの基本的な力がその後の仕事に大きく活かされることになりました。
 また、これらの力を身に付けることができた根底には、ロースクールで学んだ基本的な法的素養もあったと思います。旧司法試験や予備試験を経由することを選択していれば、おそらく合目的的に受かるための勉強に重きを置いていたと思いますが、私の場合はロースクールへの進学を選択し、そこでじっくりと法律の基本から学ぶことができました。このような基本に立ち返る力は、今も新しい問題に直面した時に正解へと導いてくれる必要な要素となっていると感じています。

中国への挑戦

  私の場合、当初は仕事をこなすことで精一杯であり、将来のビジョンなど考える余力もありませんでした。ある程度仕事ができるようになって余裕がでてきてみてはじめて、今の自分は本当に人の役に立っているのか、もっと役に立つためには今のままでいいのか、疑問を感じるようになりました。
 今思えば、他にもやりようはいくらでもあったと思いますが、当時は「自分にしかない力を身につける必要がある=海外に行くべき」という安直な発想で、海外で働く道を模索しました。そんな折、2011年頃、中国で知財コンサル事業を立ち上げる予定であった弁護士の先生と出会い、ご縁があってその先生の会社で働かせていただくことになりました。
 結果として、そこで得た経験、視野は自分の人生を劇的に変えるものになったと思います。そこでの業務内容は、中国での知財問題の解決が中心でした。主なクライアントは中国に進出する日系企業で、模倣品の問題、特許侵害の問題、実用新案や商標・著作権等の冒認の問題などまさに知財問題のデパートといった様相でした。また、知財問題といっても、訴訟や鑑定、契約書作成といった日本で想定されるような業務だけでなく、模倣品の販売・製造現場の調査や証拠物品の収集、行政当局や公安による摘発の要請・現場への同行といった、日本の弁護士の感覚からすれば弁護士業務ではない仕事の方が多数でした。夏の暑い中、模倣業者が動き出すまで張込みをしたり、倉庫に踏み込んでどこに模倣品があるかを捜索したり、といった経験もしました。
 しかし、中国で仕事を覚えることは、日本以上に大変でした。中国は専門家も法律実務も未成熟であり、誤りだらけの世界です。何が正解なのか全く分かりません。弁護士でも裁判官でも、昨日言っていることと今日言っていることが180度違うといったことは茶飯事で、誰の言うことを信じればいいのか分からない状態です。日本のような法律書籍もほとんどなく、調べる術もないという状況です。
 結局、中国では他に頼れるものはなく、頼りになるのは自身の力のみでした。そのため、同じような案件を経験したことのある何人かから実体験を聞き、そこからそれらに共通する事象をピックアップし、その事象が起きる論理的理由を突き詰めることで正解を導き出す、といったやり方で仕事を進めていました。結果として、論理的な解をお客様に提供することができ評価いただけました。
 そこでは、日本での弁護士業務で身につけた基本的な力だけが頼りだったと思います。そのため、日本の弁護士としての力は、他の分野においても多いに応用可能であることを身をもって体感しましたし、また、弁護士の力を別業界で活かすことの楽しさ、可能性の大きさを肌で感じることになりました。

帰国と還元

 その後、家族の希望もあって、日本に帰国しましたが、知財の知見をより深めようと思い、特許庁審判部へ非常勤として勤務することにさせていただきました。特許庁では主に審判事件に関与していましたが、中国での経験を買われて日中の審判官交流や日中の審判比較研究等に日本側として関与させていただくこともできました。
 今は、これまでの経験をもとに、日中の知的財産や企業法務を中心に多くの日系企業へアドバイスを提供させていただいており、私を頼りにしていただいている方々のお役に立てていると実感できています。また、中国での経験を経て、弁護士業という枠に全くとらわれなくなりましたので、いわゆる法律相談や紛争解決業務だけでなく、マーケティングリサーチやビジネスコンサルティングなども含めた複合的なサービスを実施できていると感じています。
 また、紙面の都合上、詳細はご紹介できませんが、特許庁内での勤務経験により、日本の知財業界には多くの課題や改善すべき点があることが分かり、この改善をサービスとして提供することで、より一層世の中に貢献できるのではないかと、今後の可能性に期待しているところです。

未来の法曹の方々へ

 私は「人の役に立ちたい」という欲求は人間の本能だと思っています。法曹資格は、あくまで一つの手段に過ぎませんが、この欲求を満たす大きな可能性を与えてくれる「翼」でもあると思います。幸か不幸か、日本の弁護士業界は、これまでのように昔ながらの弁護士業をやっているだけでは社会貢献がしにくい状況になってきています。しかし、弁護士としての強みを持ちながら半歩でも業界の外に出るだけで、可能性は無限大に広がっているように思います。
 私の場合は、当初から計画通りにキャリアを重ねたというよりは、その時に自分にできることを追究した結果、国外での経験と行政官庁内での経験をさせていただくに至りました。これからも現状に甘んじることなく挑戦し続け、少しでも人の役に立てるように精進していくつもりです。私のように国境や業界を跨ぐことが全てではないと思いますが、法曹資格者の仕事の広がりや可能性を示す例として私の経験が少しでも参考になれば幸いです。

法を勉強したのはどこですか?
 大学4年〜法科大学院です。
いちばん使っている法律は何ですか?
 知的財産法です。
いま気になっている法律はありますか?
 特にありません。
仕事は楽しいですか?
 楽しいです。
法とは何でしょうか?
 社会貢献するための一つの手段だと思っています。

(法学セミナー2017年4月号12-13頁に掲載したものを転載)

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