• あるシンクタンクのお仕事  そして情報法の世界への道案内
  • HOME
  • あるシンクタンクのお仕事  そして情報法の世界への道案内

あるシンクタンクのお仕事
そして情報法の世界への道案内

情報通信総合研究所 法制度研究部 副主任研究員
桑原 俊

桑原 俊
情報通信総合研究所 法制度研究部 副主任研究員
1977年生まれ。早稲田大学法学部卒、同大学院法学研究科修士課程修了(知的財産権法)、中央大学法科大学院修了、司法修習修了(新62期)後、2010年情報通信総合研究所入社。

はじめに

 情報通信総合研究所(以下、情総研といいます)は、一言でいうと、ICT(Information and Communication Technology)分野の調査研究を行う社会科学系のシンクタンクです。研究員は60人程度です。
 私が所属する「法制度研究部」は、部長を含め研究員5名で構成されており、文字どおり、「法制度」の調査研究をしています。司法試験の必須科目である六法+行政法はもちろんのこと、通信事業者の業法である電気通信事業法や、個人情報保護法、著作権法等々も登場してきます。法分野的にいえば、「情報法」を取り扱っています、というと、一番しっくりくるでしょうか(この分野を概観したい方は、私の上司の著作である小向太郎『情報法入門〔第3版〕』(NTT出版、2015年※その後、2018年に第4版が出版されています)や、曽我部真裕・林秀弥・栗田昌裕『情報法概説』(弘文堂、2016年)をご参照下さい)。
 業務の種類としては、大きく、調査業務と研究業務に分けられるので、これらについて、簡単にご紹介したいと思います。

調査業務

[1]概要
 企業がサービス提供やサイバーセキュリティ対策等の取組みを新たに行う場合、法令や通達、ガイドライン上問題が無いか等も視野に入れる必要があります。サービスなり取組みなりの内容が具体的になってくれば、各社の法務部に相談して、様々なチェックを受けることでしょう。始めた後で、不幸にも法的なトラブルになってしまった場合には、顧問弁護士が登場してくることもあるでしょう。
 法制度研究部は、もっと手前の段階で関与することが多いです。「こんなイメージのサービス/取組みをする(かもしれない)のですが、法的に注意すべきポイントはありますか」という感じの調査依頼を受けて、「Aを行う場合には●に注意する必要があり、Bを行う場合には■にも注意したほうがベター」というような調査結果をまとめます。

[2]ある具体例
 最近あった業務を例に、少し具体的に書きましょう。
 企業が、サイバーセキュリティ対応を行うにあたって、他の機関や企業と様々な情報のやり取りをすることがあります。情報の種類によっては、やり取りをするにあたり、法的に注意すべき点があります。
 例えば、電気通信事業者の場合は、業務において、「通信の秘密」を取り扱っています。いつ、だれが、どのような通信を行ったかという通信の秘密は、憲法・電気通信事業法で、「侵してはならない」とされています(憲法21条2項後段・電気通信事業法4条1項)。安易に他人に提供すると、通信の秘密の侵害になりますので、どのような場合なら提供できるのか/できないのか、ということを考えなければなりません。
 また、やり取りする情報の中には、個人情報が含まれる場合もあります。そうすると、個人情報保護法が関係してきます。「当該情報は、『個人情報』(個人情報保護法2条1項)なのか」、「個人情報だとした場合、第三者提供を行うことのできる事由(個人情報保護法23条)に該当するのか」ということも考えなければなりません。
 さらには、プライバシー、営業秘密(不正競争防止法2条6項)の問題が絡むこともあります。また、マルウェアの検体・機能の情報を提供することがありますが、これは、刑法の不正指令電磁的記録の罪(168条の2、168条の3)が関係してきます(結論から言えば、同罪は、供用目的、かつ、正当な理由なく行わなければ該当しません)。
 このように、この問題については、やり取りされる様々な情報に関して、広く法的リスクを洗い出し、調査結果にまとめました。

研究業務

 ICTをめぐる技術や市場等の環境変化は早いので、常に動向をフォローし続ける必要があります。そのために、有識者と意見交換する場を持って、さまざまな議論を行っています。
 研究員は、テーマを決めて、資料を作り、当日に報告して(ゲストスピーカーを頼んだ場合はその差配・サポートをして)、議論に参加して、議事録にまとめて……ということを行います。
 テーマは、法律系のものだけではなく、事業者動向やサービス系のものもあって、場合により、それらもこなす必要があるので、中々大変です。
 なお、研究業務と関連するのでここに書きますが、情報ネットワーク法学会という、情報法、法情報学者を対象とする学会があり、その理事を務めています。

日々是勉強

 法学部・法科大学院等で勉強していると、「法律学は実務では役に立たない」とか「(例えば)憲法は実務で使わない」とか、色々耳に入ることがあるかと思います。私は、法廷実務をしていないので、言うべき立場にありませんが、たしかに、あまり使わない科目もあるのかもしれません。
 しかし、情総研の仕事では、ありとあらゆる法律が登場します。憲法は、さきほども通信の秘密やプライバシーの話が出たとおりです。行政法は、個人情報保護法が行政法規ですので(え? と思った方、行政法の本の「個人情報保護」の箇所を読んでくださいね)、使います。民法や会社法はいうまでもありません。刑法は、さきほど不正指令電磁的記録の話を書きましたが、それ以外に、SNS上の名誉毀損とか、わいせつ電磁的記録とか、児童ポルノ法関連も登場します。刑事訴訟法のログの保全要請(刑訴法197条3項〜5項)等は電気通信事業者に関係します。インターネット上での権利侵害は相手が誰だか分からないので、匿名の者を相手に訴訟ができる制度の在り方を検討する、となった場合には民事訴訟法も絡みます。最近、サイバーセキュリティは、国家安全保障との関係で語られることが多く、きちんと理解しようと思えば、国際法の素養が必要だと思うのです(が、手が回っていません)。
 以上、法律学の分野を色々あげましたが、他にも経済学とか(電気通信事業法の改正では、経済学の知見が用いられることが多い)、社会学とか(例えば、個人情報を収集するアプリの社会的受容性など)、社会科学系に限っても、一定程度の素養があった方がいいなと思います。法律の分野だけでもいっぱいいっぱいなので、尚更手が回っていませんが。

おわりに

 というわけで、情総研の仕事が少し特殊という面はあるかもしれませんが、学部生・大学院生・法科大学院時代や、司法修習生の間に学んだことは、私は、役に立っていると思っています。
 それから、もうひとつ。この仕事をしていて、人とのつながりが重要だなと痛感します。ゲストスピーカーを頼むとか、分からないことをヒアリングしに行くとかの場面では、これまで構築してきた人脈に助けられました。学んだ知識そのものよりも、その過程で得られた人脈の方が重要だなと思えることもあるくらいです(知識は、その気になれば、後からでも補充できます)。
 本稿の読者の方々が、よき学修と人脈形成をし、興味を持たれた場合には、情報法の世界に飛び込んできてくださればいいな、と思っています。

法を勉強したのはどこですか?
 法学部入学以降、現在に至るまで。
いちばん使っている法律は何ですか?
 最近は、個人情報保護法です。
いま気になっている法律はありますか?
 やはり、2015年に大改正された個人情報保護法。
仕事は楽しいですか?
 動きが早くて大変ですが、それが楽しくもあります。
法とは何でしょうか?
 頑張った人が報われる社会の実現手段と思っています。

(法学セミナー2016年5月号8-9頁に掲載したものを転載)

「広がりつづける弁護士の仕事」に戻る