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国境を超える企業活動を支える
日本から世界へ

弁護士 小口 光

小口 光 弁護士
西村あさひ法律事務所パートナー(ベトナムプラクティス統括)。東京大学法学部、ハーバード大学及びスタンフォード大学ロールクール卒業。日本からベトナムその他アジアを中心に、日系企業の海外展開を支援。

法曹志望の動機

 もともとは異なる価値観を持つ広い世界を知りたいと思い、ジャーナリスト志望でした。世の中を分析する視点の1つとして法律を学べたらと、やや不純な動機で法学部を選びました。法律の解釈や適用という技術的な側面よりも、古今東西でそれを生み出してきた人間の諸活動や、人や企業の行動に与える動機付けを通じて法律が社会の成り立ちに与える影響の大きさに興味を持つようになり、法律を正面から扱う弁護士になりました。

法律事務所入所から米国留学へ

 1998年に西村総合法律事務所(当時)に入所し、債権や不動産の証券化・流動化の分野で2年半ほど、その後は、保険会社の企業買収や、企業の不祥事案件対応など様々な企業法務に関わる仕事をしました。2002年から2年間米国留学に出る機会を得て、少しずつ新しいことへの挑戦を始めました。
 まず、米国1年目は会社法や税法などビジネス法務に関わる基礎的な科目を履修しつつ、”法と開発”という名物教授の授業を受講しました。法制度が国の経済発展にどのような影響を持ちうるのかというテーマで、目から鱗が落ちるような授業でした。最も印象深かったのは、学生が、スティグリッツ他数名の経済学者と、4つの政党(右派、中道右、中道、左派)チームとに分かれてディベートをするものでした。学者チームは自分の学説を政策に反映させるのに適した政党を選び、見解を事前にインプットして党の政策立案を助け、ディベートの準備を行います。その後、政党間でのディベートを行い、議論の途中で政党チームから意見を求められれば学者チームから補足見解を述べる形で政策議論を進めるというものでした。
 学問と政治の関係、学問と実社会との関係を理解する上でも、非常に刺激に満ちたものでした。諸制度がどのように人々や企業の行動に動機付けを与えるのか、逆に企業というプレイヤーが政治にどのような影響を与え得るかといった視点など、生きた社会と生きた法の相関関係やその構成要素とプレイヤー(利益団体)を可視化し、知識ではなく物事を分析する視点や枠組みを与えてくれるものでした。
 翌年西海岸で参加したプログラムは非常に学際的で、経済学、統計学、文化人類学、社会学といった他の学問の助けを借りて、法律を分析し、法のあるべき姿を考えることに力点が置かれていました。13名のクラスメートはアフリカ、ラテンアメリカ、ヨーロッパ、アジア各国から集まった非常に優秀な実務家や学者兼社会活動家達でした。各人の研究分野やテーマは様々でしたが、互いのリサーチプロジェクトにコメントをし合い、刺激を与え合った1年でした。法律を含めた様々な社会制度がいかに相互依存的であるか、また、法律がもたらす社会へのインパクトとして盲目的に信じられていることがいかに正しくないか(実証されていないか)ということを思い知ることになります。
 行動的なクラスメートからの刺激もあり、所属事務所の許しを得て、東南アジアに赴くことになりました。

東南アジアへ

 米国留学時代の調査で立ち寄ったラオス法整備支援プロジェクト(JICA)からお声がけを頂き、2004年末より法律アドバイザーとして参画しました。またベトナムに関連する競争法の技術支援プロジェクト(JICA)にもスポットで参加させて頂きました。ラオスでは司法省やその他の関連機関とともに、法令集・法令用語集、民法教科書、企業法逐条解説の作成、判決書マニュアル(最高人民裁判所)、取り調べマニュアル(最高人民検察院)の整備にも関わりました。関連法の改正作業とも重なり、関係機関のモチベーションも高く、日本側支援機関の熱心なご指導もあり、有益な時間でした。官僚や弁護士など法運用の担い手の実情を踏まえた制度設計が必要であったり(関連制度間の相互依存性)、戦後日本の会社法における議論が参考になったりと(経済発展段階と法令の相関関係)、米国で学んだことを実践の場で再認識する日々でもありました。

外務省での経験

 日本への帰国後の2006年、外務省経済協力局政策課で課長補佐として、JICA法改正に関与させて頂く機会を得ました。霞ヶ関で働くということ、内閣法制局に日参し、法改正のプロセスを一通り経験したことはアジア諸国との比較の観点を養う意味でも大変勉強になりました。

日本企業の海外展開支援(ベトナム拠点開設)

 現在は、日本企業の海外展開の法務面からのサポートに力を入れています。2009年にクライアントからのニーズに応える形でベトナムに趣き、現在はハノイとホーチミンにある2つのオフィスの統括代表をしています。総勢30名を超えるベトナム法弁護士、日本法弁護士、フィリピン法弁護士等から構成されるチームで、日本からアジア諸国、特にベトナムへの事業展開のサポートを多く扱っています。
 企業は今、益々活動の場を世界に広げ、人も物もサービスも技術もどんどん国境を超えています。
 このような国境を越える取引では、投資であればまず投資対象国の法律(例えば、企業法や投資法など外国投資企業の活動に関する法律や、雇用を規律する労働法など)の検討に始まり、投資国と投資家所在国との間の二国間又は多国間条約(日本からベトナムへの投資であれば日本とベトナムの間の二国間条約や両国が加盟している多国間条約等)も必要に応じて検討します。また、投資家である日本企業が、投資や撤退の判断を適切に行えなければ、日本における取締役の善管注意義務の問題となるなど、日本法上の問題も当然密接に関連します。シンガポールなど第三国経由での投資の場合には、それらの国の法令や関連する条約なども加味して、最善のストラクチャーを検討する必要があります。
 各国法の詳細は各国の専門家と協働する必要がありますが、そこから発見されたリスクの量や質の判断、リスク回避の手法などは各国法の専門家のみから十分な情報が得られるとは限りません。また、契約を締結しても、司法の場で安定的な解釈が確保され、実際に執行されなければ、投資家は十分に守られません。これを補うには、別の観点から契約の履行を確保するための仕組みがより一層重要になります。すなわち、狭い意味での法律解釈や契約作成技術のみではなく、複数の信頼できる情報源を持って最新の情報に基づき、正しい分析をすることができるか、問題解決のため立法や政策提言を相手国政府に対して行っていくことができるか、法制度・司法制度の機能が弱い場合には、当事者の交渉や政府間対話の枠組みの中で解決策を探るなど、より視野を広げ、頭を柔軟にして解決策を考える必要があります。

終わりに

 法律家に対する需要も法制度のあり方も世の中の変化により刻一刻と変遷しています。これからの10年、20年も現在想像する以上に構造変化はあると思います。変化に柔軟に、また1人ではなく色々な人を巻き込んで、時代の様々なニーズに反応していけたらと思います。

法を勉強したのはどこですか?
 日本(法学部)、アメリカ(ロースクール)及び具体的な案件を通じて。
いちばん使っている法律は何ですか?
 日本その他アジアの企業法、投資法、証券法等。
いま気になっている法律はありますか?
 法律ではありませんが、AI等のテクノロジーが産業構造に与えるインパクトについても注目しております。
仕事は楽しいですか?
 はい。多様な背景を持つ各国の人々との仕事から学ぶことは大きいです。
法とは何でしょうか?
人や企業の行動を規律し、社会を一定の方向に誘導するもの。

(法学セミナー2015年12月号1-2頁に掲載したものを転載)

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