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イノベーションを支える弁護士
ベンチャーの懐刀となる組織内弁護士

弁護士 八杖友一

渡部友一郎 弁護士
東京大学法科大学院卒。フレッシュフィールズブルックハウスデリンガー法律事務所勤務後、株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)法務部勤務。現・Airbnb(エアビーアンドビー) Airbnb Senior Legal Counsel。

269歳から13歳への大きなジャンプ

 2012年、プロ野球「横浜DeNAベイスターズ」が誕生したその年に、私は、英国系のグローバルローファームを退職し、DeNAに組織内弁護士として加わりました。当時、DeNAは1999年の設立から13年目でした。一方で、英国系法律事務所は設立から269年目(徳川吉宗により公事方御定書が制定された頃!)でした。(読者の皆様が「269歳→13歳」と聞いただけで気づかれるように、)結果的に、「法」に対する考え方や接し方、さらにプロフェッショナルである「弁護士」として他では得難い「新しい道筋」を発見することができました。
 本稿では、皆様が勉強されている目の前の「法律学」が、未来の世界を変える起業家やイノベーション等を支える、とてつもない前向きな力を秘めたものであることを共有したいと思います。

インターネットベンチャーと組織内弁護士

 シリコンバレーで最も注目される起業家の1人であるピーター・ティール氏が自著『ZERO to ONE』で鋭く指摘するように、私たち人間の祖先は、『固定的なゼロサム社会に生きて』いました。しかし、テクノロジーの進歩により『より少ない資源でより多くの成長を可能にする』時代が到来しました。皆がスマホを手にする現在、ITのテクノロジーの進歩は誰の目にも明らかです。「テクノロジーの進歩」と「グローバリゼーションの拡大」とが相俟って、今や、1つのインターネットサービスにより、全世界へ同時かつ瞬時にサービスを提供できます。例えば、読者の皆様がイノベーションを起こす革新的なモバイル向けサービスアプリを開発すれば、AppleやGoogleのプラットフォームを経由することで、全世界へ同時かつ瞬時に事業展開が可能となります。
 ところが、です。イノベーションとよべるプロダクトやサービスが開発され、全世界へ同時かつ瞬時に提供できるとしても、法令は国によって異なっています(法のローカル性)。そこで、予防法務のIT究極版とでもいいましょうか、企画段階からプロジェクトチームに法務部員が入り、法令の点からリスク及び解決策を提示し、開発中も、プロダクトの仕様1つに関する質問まで即座に回答する「懐刀」が必要になるわけです。ケースバイケースですが、法律事務所と(法務部経由の)事業部とのやりとりが仮に1日5回が限度とすれば、会社内部で1日500回のリーガルなディスカッションを行うことさえ可能です。「本日午後、先生は裁判所です。明後日14時からなら面談可能です。」ではイノベーションを起こそうとする企業は間に合わないのです。なぜなら、インターネットサービスにおいては、スピードこそ成功の最重要ファクターだからです。

イノベーションを支える法律家とは

 私が大学生の頃にイメージしていた、「法律事務所のデスクで書面を作り、依頼者と面談し、裁判所に大きなカバンを持って行くスーツの人」という弁護士像は、良い意味で裏切られました。「世の中をインターネットサービスで良くしたいという夢を遠慮なく語る事業部の人々に囲まれ、できない理由ではなく、できる方法を一緒に探して汗をかくカジュアルウェアの人」がまさにベンチャーの組織内弁護士のイメージではないでしょうか。
 Googleの会長エリック・シュミット氏が、『How Google Works』において、インターネットの世紀の弁護士像を見事に表現しています。『法律問題に対して過去を振り返りながらリスク回避を最優先に取り組むという姿勢は、インターネットの世紀には通用しない。企業の進化が法律の変化を遥かに上回るスピードで進むからだ。スマート・クリエイティブ主導でイノベーションを起こそうとする企業の場合、正解率が50%なら儲けものだが、リスクの許容度が数%である弁護士にとってそれは大問題だ。』
 今でこそ、私も約4年間ベンチャーの懐刀として、とんでもない事業スピードと多種多様な事業の「誕生から死」を自らの五感で体験したことから、上記のシュミット氏の指摘にうなずくことができます。正直なところ、私も、法律事務所で学んだことをそのまま持ち込もうとした当初、イノベーションを妨げる側の法律家(リスク回避を最優先に取り組むという姿勢)そのものでした。
 例えば、ある日本初のイノベーティブな新規事業では、徹底的にリサーチをしましたが、文献の裏付けがないため、事業部に対して、許容できないリスクですとNGを出す寸前でした。しかし、事業部の熱意もあいまって、行政含む様々な社外関係者と更に議論したところ、思いもよらぬところから答えが出たのです。当該事業はたった1人のリスク回避志向の弁護士によって妨げられ、他の事業者によって産み落とされる日まで眠っていたことでしょう。
 翻って読者の皆様が日々勉強されている法律学に目を転じますと、一体どれだけのものが「未来」を論じているでしょうか。司法試験、定期試験、裁判例、教科書の設例、当然ながら「過去」を振り返りながらリスク回避を検討又は問題の妥当な解決を図るものばかりです。私もベンチャーの組織内弁護士になって気が付きましたが、私たちは法学教育を通じて、知らぬ間に「イノベーションを支える法律家」とは正反対の「強烈なリスク回避志向」をビルトインされている気がします。DeNAの創業者南場智子氏(ハーバード・ビジネス・スクール卒)が、マッキンゼーでのパートナーコンサルタントの経験を『アンラーニング』(ラーニングの対義語)することに苦労したと語っていましたが、私自身も、現在進行形で、予断を退け、謙虚な姿勢で、ラーニングとアンラーニングを続けている状態です。

皆様が支える新時代の技術、人、夢

 執筆の依頼を頂いた際、私は「8年前の勉強中の自分自身」が知って夢を持てる内容を届けたいと思いました。皆様の多くが「司法試験合格」を目指す中で、司法試験は(紙面上)「個性」を発揮してもろくなことがなく、言うなれば没個性的に採点基準に多く合致する事項を画一的に記述していく「作業」であると感じているはずです。日々の勉強も、最も合理的に進め、自身の興味関心は合格のために封印される傾向にある、と思います。
 しかし、心の奥の熱量や夢を持ち続けてください! 法曹の世界でも、夢を語ることは「成熟していない」ように取られがちですが、イノベーションを起こそうとする起業家、ベンチャーの中では、夢を語ることこそ、人の力を結集し、大きな力を創り出します。私は昔の自分に言うでしょう―起業家の夢を実現するために、彼らの代わりに法律学の基礎を勉強するチャンスを得ている。逆に、彼らは、自分の知らないコトを学び、事業の成功を夢み、今この瞬間世界のどこかで未来の邂逅を待っている―と。
 最後に、「イノベーション」と連呼しても法律が改正されるわけではありません。憲法を頂点とするハードロー、ソフトロー、外国の法令や諸制度、各条文の立法趣旨・立法事実、1つの文言へのこだわり、事実認定、利益衡量等―いずれもが、スマート・イノベーションを各ローカルにおいて実現するために必要な技術であり、多数の利害関係者と対話するための土台なのです。先例がない世界で、未来志向の皆様が支える新時代の技術、人、夢がこの日々の勉強の先に待っています。企業の進化が法律の変化を遥かに上回る現代において、「絶対」がないからこそ、私は弁護士として悩みつづけるでしょう。私自身、読者の皆様がイノベーションを支える法曹の一翼を担われ、「未来」を創るお話を一緒にできる日を楽しみにしております。

法を勉強したのはどこですか?
 法学部、法科大学院、予備校(1年秋~)です。
いちばん使っている法律は何ですか?
 ITサービスに関連する法律は万遍なく。
いま気になっている法律はありますか?
 シェアリングエコノミーに関する諸外国の法令。
仕事は楽しいですか?
 熱量高く、夢を持つ人に溢れ楽しい!
法とは何でしょうか?
 イノベーションとの調和。私達全員で考え創るもの。

(法学セミナー2015年11月号6-7頁に掲載したものを転載)

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