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弁護士の国際協力と国際業務
「法」で繋ぐ日本とベトナム

弁護士 上東亘

上東亘 弁護士
一橋大学法学部卒、大阪大学大学院高等司法研究科修了、渥美坂井法律事務所・外国法共同事業所属。「法整備支援の新たな地平[5]ベトナムにおける法学教育活動報告」法学セミナー703号ほか執筆。

はじめに 弁護士の仕事の多様性

 「弁護士」といえば、どのような仕事を想像されるだろうか。一般には、(日本の)裁判所で証人尋問をするという姿が代表的なイメージかもしれないが、昨今、日本国内の訴訟に留まらない様々な業務や活動をする弁護士が増えている。
 インドシナ半島東部に位置するベトナム。大通りにも路地裏にもバイクが溢れる活気に満ちたこの国でも、様々な日本人弁護士が日々奮闘している。本稿では、私自身の経歴を例に、その一端をご紹介したいと思う。

ベトナムに赴任することとなった経緯

 私はもともとベトナムと特別な「ご縁」があったわけではなく、司法修習の後、埼玉県で弁護士業をスタートしたが、当初より開発途上国に対する法整備支援に興味があり、日弁連国際交流委員会の国際司法支援センター事務局の活動に参加していた。同事務局は、日弁連における国際司法支援活動の実働部隊としての役割を担っており、日弁連が行う国際司法支援プロジェクトの計画・運営、国際会議やセミナーの企画、関連諸機関との連絡や調整等を行っている。この活動を通じて、アジア各国の法律家と交流を深める等の貴重な経験が得られるので、私はやりがいを感じながら楽しんで参加してきた。
 しかし、同事務局の活動にやりがいを感じれば感じるほど、委員会活動(プロボノ)としてではなく、主たる業務として国際協力に関わりたいという思いが強くなっていった。さらに、法整備支援の現場(対象国)ではどのような活動が日々行われ、それによって対象国の社会にどのような影響がもたらされているのか、実際に自分の目で見て確かめたいという思いも強くなった。このような思いから、名古屋大学のプロジェクトに参画し、ベトナムのハノイ法科大学内の日本法教育研究センターで、法整備支援の一環である法律専門家の人材育成に、法学特任講師として携わることとなった。

日本法教育研究センターでの国際協力活動

 同センターでは、日本法をより深く正しく理解できるよう、現地大学による現地法の授業と並行して日本語による日本法教育が行われる。そのため、まず1、2年生に対しては日本語教育が中心となる。その後、3年生には日本の法整備の歴史や日本国憲法等を教え、最後に4年生には主に日本民法について解説する。これらに加えて、3年生には自国法と日本法の比較をテーマにした日本語による論文執筆の指導を、4年生には修士課程における比較法の研究計画作成指導をしている。
 日本法を教えると言っても、日本法が優れていると紹介するわけではない。日本法と自国法を比較して、自国法を相対的に理解できる能力を養成することこそが、日本法教授の目的である。同センターの卒業生のうち、特に優秀な者は名古屋大学の大学院に留学することができ、卒業生たちは将来研究者や実務家になり、自国の法整備の指導的役割を担うことが期待されている。
 ベトナムの法律家の卵である学生たちと接していると、日本とベトナムの法制度の違いに直面し、指導に難しさを感じることもあった。例えば、現行ベトナム民法では、権利外観法理の考え方が日本民法と異なり、表見代理や債権の準占有者に対する弁済について定めた条文が存在しない。このように法制度の異なる国の学生たちに、表見法理を解説することは容易ではなかった。授業にあたっては、法科大学院の授業(事例研究形式)で私自身が体験した法学教育の手法を活かして工夫を凝らしたが、他方、ベトナムの法学教育は法解釈学というよりは条文知識重視の傾向が強かったこともあり、その違いを踏まえる必要もあった。
 このような法学の違いに加えて、言語の違いもあるが、それらを乗り越えようと学生たちは懸命な努力を積み重ねてゆく。その結果、4年次には、日本で市販されている小型の六法を参照しながら、学生どうし日本語で民法の議論ができるまでに成長する。その姿に、私自身とても刺激を受けた。また、学生との質疑応答を通じて、法意識や法文化の違いがよく分かり、非常に興味深かった。このように、学生たちの学習意欲に応えていく過程で、私も多くのことを学ぶことができた。なお、学生たちが日本語で「先生」と呼んで慕ってくれることには、日本で依頼者から「先生」と呼ばれ信頼されるのとは異なる喜びがあることを付言したい。

ベトナムに関連する国際業務

 私は、同センター講師の任期(約2年間)を終えた後、渥美坂井法律事務所・外国法共同事業に所属し、クロスボーダー案件(主にベトナムに関連するもの)に関わっている。
 近年、ベトナムに進出する日系企業が増加しており、関連する様々な相談(例えば、ベトナムにおける駐在員事務所や現地法人の設立、投資証明書の取得、覚書や契約書の調印・締結、紛争解決等)が数多く寄せられている。誌面の関係から詳述することはできないが、ベトナムは社会主義国ということもあり、司法制度、土地法制、許認可手続等、様々な法制度が日本とは異なるため、ビジネスも日本でするのと同様にというわけにはいかず、日系企業がベトナムで困難に直面する場面は数多く存在する。
 このような場面において、私のベトナム社会や法に対する理解を総動員し、日本法の実務経験とも照らし合わせてその違いを踏まえつつ、相談や要望に応えていくのが主な業務である。業務の過程では、協力関係にあるベトナムローカルの法律事務所のベトナム弁護士とも相談、議論をして、ベトナムの法令や実務の観点から入念に争点の検討をしている。また、ベトナムの法令はもちろん、時に契約書等の文書も第一次的にはベトナム語で書かれているが、私はベトナム赴任を経てベトナム語が理解できるようになったので、これらの原文に直接あたって確認することも必要に応じて行っている。このようにして、常により質の高いリーガルサービスの提供を追求しているが、ベトナムに進出する日系企業の挑戦に対して、法的な側面から関われるということに非常に大きなやりがいを感じるとともに、日々身の引き締まる思いである。

おわりに 国際協力や国際業務をするには

 国際的な仕事といえば、避けて通れないのは英語であるが、「帰国子女ではない」、「長期間の留学経験が無い」からといって直ちに諦めるのではなく、他国の法律家と互いに「法」という共通の専門性をもって対話するおもしろさをまずは感じてもらいたい。
 私は、日本国内の弁護士業務、国際協力、国際業務という様々な分野に関わってきたが、どの仕事もそれぞれ関連し重なる部分があるように思う。例えば、国際協力の場面では日本法の専門家として、日本法の理解や実務経験に基づいた意見を求められる場面があり、他方、国際業務と国際協力に関しては、どちらを通して得たものであっても、現地の法制度の理解や人脈が共通の強みとなろう。このように互いの業務が関連しあっているので、これらの仕事に興味があれば入口はどこからでも飛び込むことができると感じている。
 本稿を読まれ、弁護士の国際協力や国際業務に興味を持たれる方が現れれば、望外の喜びである。

(法学セミナー2015年5月号22-23頁に掲載したものを転載)

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