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法律家としての検事の仕事の実際

東京地方検察庁刑事部検事  小林隆一

小林隆一 東京地方検察庁刑事部検事
1981年生まれ。東京地方検察庁刑事部検事(本稿執筆当時は東京地方検察庁公判部検事)、横浜地方検察庁小田原支部判事を経て現職。東京都立大学法学部卒業、首都大学東京法科大学院修了。

検事の仕事と転勤

 「検事はどのような仕事をしているのか?」という問いには様々な視点から答えることができますが、生活面で何よりも特徴的なのは、「全国を転勤する法律家」だという点にあると思います。
 私は、2009年12月に任官し、2010年4月に大阪地方検察庁、2011年4月に新潟地方検察庁、2013年4月にさいたま地方検察庁、2014年4月に東京地方検察庁と転勤してきました。5年少しの検事人生で4つの検察庁での勤務を経験したことになります。
 地縁が全くない場所ばかりでしたが、休日に観光地をめぐったり、土地土地の食や酒を堪能していると、愛着がわいてくるものです。そして、何より、その土地に暮らす人々と触れ合うことで、その暮らしを守りたいという気持ちが強くなってきます。

検事と事務官

 異動を繰り返すなかで、各地検で働く事務官との交流もかけがえのない財産となります。
 検察は、捜査機関として与えられる強大な権限を適切に行使する重い責任を負っています。そして、信念を持って職務に従事してくれる多くの事務官の支えなくして、検察の仕事は成り立ちません。検察は一つの大きな家族のようなもので、検事は日本全国に異動がありますが、どこに行ってもその土地土地に根付く事務官が温かく迎え入れてくれます。
 私も、これまで4つの地検で勤務し、多くの事務官と一緒に仕事をしてきましたが、事務官と一緒に悩み苦しんで適切な事件処理を目指した思い出は、その一つひとつが、本当に大切な宝物で、生涯忘れることはないでしょう。

刑事事件の捜査・公判

 検事の仕事の中で一番イメージしやすく、実際に多くを占めるものは、刑事事件に携わる検察官としての仕事です。ここで、実際に捜査・公判に携わる検察官としての仕事について説明していきます。

[1]事件捜査・処分の実際
 刑事事件の捜査は、警察の捜査が端緒となって検察に送致するというケースが最も多く、一般的です。この場合、警察と検察が協力して捜査をしますので、警察官に動いてもらうことが多いのですが、検事が現場に足を運ぶ機会も多くあります。実際に事件が起きた時間に現場に赴いて、周囲の状況を確認したり、犯人や関係者が事件の際にどのような心境でどのような行動をしたのか、ということをイメージすることは、事件の真相を解明していく上でとても重要な作業です。すべての事件で検事が現場に行くのは困難ですが、重要な事件で検事が現場に赴いて確認するというのは、よく行われていることです。
 そして、事件捜査を終えると、その事件をどのように処分するのかを考える段階になりますが、公判請求して裁判になる事件はそれほど多くありません。多くの事件は不起訴処分としたり、略式命令請求をして罰金を支払わせるという形で処理されます。
 起訴猶予という形で不起訴にする場合には、再犯防止のために被疑者や被害者等の事件関係者の生活環境を調整することも求められますので、ときには、弁護人や保護観察所職員等、関係者と入念に打ち合わせをして協力を仰ぐことがあります。
 また、検察官は、捜査を遂げた上、検察官自身が有罪の確信を持てない場合には、その事件を起訴することは妥当ではないと考え、不起訴にします。このように、嫌疑不十分を理由に不起訴にする事件も多くあります。そして、このような処分に被害者や関係者から抗議を受けることもあり、検察官が不起訴の理由を真摯に説明するということが必要になる場面があります。
 起訴されない刑事事件も多いという点は、表にはあまり出てきませんが、捜査担当検察官は常に不起訴とすべき事件のことも考えているのです。

[2]現在の公判立会の特色
 公判請求された事件の公判に立会するというのも、検察官の仕事の重要な柱の一つです。
 公判担当の検察官の仕事は、捜査担当の検察官が収集した証拠を裁判所に提出するだけでなく、公判の進行に応じて、自ら補充捜査を行い、立証構造を再検討したり、関係者に証人として出廷してもらうよう説得したりと、能動的な活動も多くあります。
 また、被害者参加制度等を用いて、被害者やご遺族が刑事裁判への参加を希望する事件もありますので、被害者やその代理人となる弁護士と入念に打ち合わせて公判に臨むこともあります。
 そして、現在は、重要な仕事の一つとして、裁判員裁判対象事件の公判立会があり、時間をかけて入念な準備を行います。そして、裁判員となる一般の方には馴染みのない難解な法律概念をどのように理解してもらうかということを常に考えながら、証拠を整理し、主張を組み立てる必要があるので、法律家としての自分の理解の深さも試されます。
 近時の刑事裁判では、公判での当事者の立証活動の重要性が強調される傾向にあるので、必然的に公判担当の検察官の職務は注目されるようになり、とてもやりがいを感じます。

「政府における法律の専門家」としての検事

 検事の仕事は、刑事事件だけを扱うわけではありません。たとえば、親子関係の確認訴訟など身分関係を確定することを目的とする訴えで、相手が死亡している場合には、「公益の代表者」である検事が、被告として家庭裁判所の法廷に立つことになります。私もこれまで数件担当してきました。
 また、検事は「政府における法律の専門家」という立場から、様々な場面で法律家として活動します。
 検察庁以外で活躍する検事として、法務省に所属して新しい法制度に関する企画・立案に携わったり、国際的な取決めに基づいて犯罪人の引渡しや国際捜査共助に携わる検事もいます。また、国を当事者とする民事訴訟や行政訴訟などの訴訟事件を担当する検事もいます。
 さらには、検察庁や法務省だけでなく、他の省庁や在外公館、外国の組織等に出向して、法律家として活躍することもあります。
 このように、検事の職域は広く、「政府における法律の専門家」としての幅広い学識と経験が求められます。

法律家としての検事とその醍醐味

 検事の仕事は、捜査官としての職務が注目されることが多いですが、「法律の専門家」として知恵を絞る場面が多くあります。そして、公益の代表者として、自分の法律に関する学識経験を駆使するこの仕事は、とてもやりがいがあるものです。私たち法曹は、実務に携わる法律家ですから、生きた法を扱う立場として、法令と判例には精通していなければなりません。振り返ると、法科大学院での実務を意識した法教育は、法曹としての仕事をするに当たって非常に大きな意義を持っていたと感じています。
 また、検事の仕事は、目の前に実在する者の人生を扱うことが常ですから、人と話し、人に説明し、人を説得するという場面も多いです。その意味では、高いレベルのコミュニケーション能力やプレゼンテーション能力が求められると感じます。これは、裁判官や弁護士も同じだと思いますので、これから法曹を目指す方は、ぜひ、仲間と切瑳琢磨して、生きた法律を学ぶとともに、たくさんの社会経験を積みながら自己研鑽に励んでいただきたいと思います。

(法学セミナー2015年5月号16-17頁に掲載したものを転載)

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