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災害と弁護士~心に寄り添う~

富澤 章司 弁護士

富澤 章司 弁護士
2005年、早稲田大学社会科学部卒業。2012年、中央大学法科大学院修了、同年司法試験合格。2013年弁護士登録。東京弁護士会非弁護士取締委員会・子どもの人権救済センター委員・犯罪被害者支援委員会所属。原子力損害賠償・廃炉等支援機構、本部相談担当・巡回相談担当。東日本大震災による原発事故被災者支援弁護団。

弁護士になったきっかけ なろうと思った動機

私が法律というものを意識したのは、高校2年生の時でした。当時、「キレる17歳」との言葉が生まれるなど、少年犯罪に対する社会的な関心が高まり、教育現場でも特別に注意が払われたように感じました。このことをきっかけに、社会で発生する事件、またそれに対応する法律に興味が生まれました。私ははっきり覚えていないのですが、当時の私の鞄から「少年法」というタイトルの本が出てきて、驚いたと母親に言われたこともあります。
高校2年生と、ちょうど進路を決める時期でしたので、法曹を意識して法学部、また好きな古文を研究したいと考え文学部を受験することに決めました。志望大学の受験の結果、どちらも不合格になってしまったのですが、早稲田大学社会科学部に入学したところ、旧司法試験の一次試験が法学部同様に免除されることを知り、大学2年生から法曹を目指す勉強を開始しました。
このように、私は法曹という仕事を意識した段階においては、どうしても法曹になりたい!という強い気持ちがあったわけではありません。しかし、元々世の中の様々な事象の原因や経過・結果などについて考えることが好きだったこと、法律の勉強が苦とは感じなかったこと、何より友人などから相談されることが何故か多かったのですが相談に応じたことで元気になってもらえるのが嬉しいと感じられたことから、勉強を続けていくなかで法曹の仕事が自分に合っていると気がつき、時間が経つにつれて法曹志望の気持ちが大きくなっていきました。旧司法試験の司法浪人中には挫折しそうになったこともありましたが、実際に実務に触れて自分の適性を見極めたいと考え、法律事務所でアルバイトをした結果、弁護士から能力を評価されたことも、自分の気持ちを強くすることに繋がりました。
そのおかげで、私は旧司法試験から受験を開始してから法科大学院に入るというルートを取ったために司法試験合格まではかなり時間を費やしてしまったのですが、最後まで諦めずに頑張れたと思います。
法曹三者のうちでは、相談者や依頼者の方と直接応対し、一緒に解決までの道を構築していくことを魅力に感じたため、自然と弁護士を選ぶことになりました。

現在の仕事 特に新型コロナ禍で力を入れている業務

私は、民事事件・刑事事件(少年事件を含む)・家事事件その他を幅広く扱っています。
その中で、自分の特徴を挙げるとすると「災害弁護士」という点になると思います。私は司法修習地が福島になったため、東日本大震災・福島第一原子力発電所事故の1年8か月後に、福島で10か月間を過ごしました。その間、福島や岩手・宮城の各被災地を回り、原発事故被害、津波被害について、多くのものを目の当たりにしました。当然ながら、実務修習中に震災関連の案件に当たることも多く、災害によって生じた法的問題に対応する法曹の姿に、強い感銘を受けました。
司法修習が終わり、私は司法試験受験時代にお世話になった法律事務所に就職するために東京に戻り、福島を離れました。しかし、東京でも数多くの弁護士が原発事故案件に取り組んでおり、所属弁護士会の会派の縁から私も原子力損害賠償・廃炉等支援機構の相談員に任命され、また原発事故の被災者を支援する弁護団に加入したことなどから、登録1年目から度々福島に行き、継続して原発事故案件に取り組むことができました。また、所属弁護士会の会派の震災復興特別委員会にも所属し、福島だけでなく、岩手・宮城の津波被災地、また広島・岡山の豪雨被害被災地にも度々訪問し、現地の役場職員や弁護士の方々との意見交換、そして現地の被災者の方々との交流を経験してきました。
正直なところ、被災者支援は仕事としては売上を上げられるものではありません。経営の面からは、他の業務とのバランスを考えなければならないのが難しいところです。しかし、被災して、その日の生活に困り、また将来を失ったと感じてしまっている方の法的サポートをするという仕事のやりがいは、他に勝るものはありません。このように思える仕事に取り組むことができるのも、弁護士ならではだと感じています。
このような災害弁護士としての姿勢は、昨年から始まった新型コロナウィルス対応の場面でも活きることになりました。令和2年4月に最初の緊急事態宣言が発出された頃は、新型コロナウィルスの影響のために、労働問題・家族問題・契約関係の処理・債務整理などの社会問題が発生しているとの報道が出るようになり、また給付金関係の相談が増えている状況がありました。
そのタイミングで、私が所属している弁護士会の派閥の若手弁護士の中で、「困っている人を助けるのが弁護士の仕事だ。」「困っている人が増えている今だからこそ、弁護士としてできることはないか。」という思いが共有され、無料で、かつ手軽に相談できるツールを作りたいという話がどんどん進み、有志でLINEによる無料相談所を開設することになりました。普段から、弁護士や弁護士会の在り方などについて意見交換をしていた仲間がいたからこそ、このように迅速に具体的な行動を起こすことができたのだと思います。
相談担当メンバーも、得意分野がそれぞれ異なる、弁護士15年目から数年目までの20人程度が集まったため、各種相談に幅広く対応できる体制を構築することができました。また、相談担当メンバー内部でもバックアップ体制ができており、取扱経験があったり、当該分野が得意だったりするメンバーがサポートすることで、充実した対応ができたと思います。相談件数もピーク時には、自身の業務への影響が出るのではと思うほど増え、社会のニーズに対応できたという手ごたえがありました。現在は、新型コロナウィルス以外の相談にも対応すべく、「どこでも法律相談室」として運営しています。
法律相談をボランティアで行うことについては、通常業務を有償で行っていることとのバランスの問題が出てくることも考えられます。それでも、困った時に力になれるのは弁護士であるという考えから、緊急時におけるこのような弁護士活動に結びつけることができたと考えています。

法科大学院で学んだこと 今の仕事にどのように生きているか

私は旧司法試験から受験を始めた関係で、法科大学院での学習はケースメソッドの重視、ソクラテスメソッドの活用など、それまでの学習方法とは大きく性質が異なるものでした。
十分な予習を積んだ上で、具体的事例に応じて適切な回答を導き出すという対応力の鍛錬は、例えば一般法律相談会(どのような相談が来るか事前にはわからないため、私は「野試合のようなもの」と考えています。)において必須ともいうべき、大いに役立つものでした。
また、旧司法試験受験時代との大きな違いは、親身かつ熱意を持って教育に取り組んでいただいている教授や講師の先生方、そして共に切磋琢磨する多くの仲間がいたことです。勉強は決して楽だったり簡単だったりするものではありません。しかし、お互いに刺激し合ったり、意見をぶつけ合ったりすることで、理解が深まったり、励まされることも多くありました。弁護士になってからも、先に触れたように先輩弁護士にアドバイスを求めたり、難解な法的問題点について意見を戦わせて主張内容を磨くことがしばしばあります。訴訟などの場面でも、「裁判官がどう感じるか? この主張や証拠をどう評価するか?」と他人の意見・評価を考えることがとても重要になります。そのため、他人の意見を聞くことで、客観的な視点を持つという訓練も、法科大学院の段階から積極的に行っておく必要があるのではないでしょうか。
このように、法科大学院における学習の延長になっていると感じる部分もあり、みなさんには貴重な学生時代を有効に使っていただければと思います。

今後どんな弁護士を目指していきたいか

私は、上記のとおり幅広い分野を扱っていますので、どのような問題にも対応出来るジェネラリストを目指し、日々経験を積んでいます。例えば、今年は新たに刑事分野の医療観察法の付添人の活動を行うようになりました。
ただし、浅い知識では、現実の法的問題に十分な対応をし、質の高い仕事を実現することはできません。そのため、幅は広げつつも、それぞれについて深い知見を持つ弁護士になりたいと考えています。
また、先に述べた原発事故案件は、事故発生から10年が経った段階でも集団訴訟が複数地裁に係属している段階であり、過去の公害訴訟事例を踏まえてもこの先長く続いていくことが予想されます。大変難しい、かつ厳しい仕事ではありますが、ライフワークとして取り組んでいきたいと考えています。
さらに、所属弁護士会や会派の縁で、弁護士として充実した経験を積むことができていると感じているので、弁護士の団体にも貢献できる活動をしていきたいと考えています。そのことが、例えば公設事務所問題など、数々の司法サービスの向上に繋がることになると思っています。

学部時代・法科大学院時代を通じてどのような学生生活を過ごしたか

私は、学部時代は上記のとおり1年次は学生生活を満喫し、2年次以降は司法試験の勉強に打ち込みました。ただし、勉強だけではなく、予備校代を工面するためのアルバイトや、友人や先輩後輩とのサークル活動も可能な限り行いました。その時の友人とは現在も付き合いが続き、異業種間で仕事を協同して行ったこともあります。
法科大学院時代は、既習コースでしたので、2年間でした。その間も、アルバイトを継続していたので、学習時間としては少ない方だったと思いますが、集中して勉強することに特に意識を置いていました。また、在学した2年間とも、クラス幹事としてクラスの取りまとめ役を担いました。クラス全員が足並みを揃えることは大変困難なことですが、皆が目標に向かって同じ方向を向くことができるようにという思いがありました。
法曹が仕事として扱うものは、当事者である人間(またはその集合体である組織)が主人公の物語です。そのため、「人間」というものを深く理解する必要があると思います。そのためには、勉強以外の時間もしっかり確保して、人間関係の形成などを積極的に行っておくことも非常に大切なことであると感じていましたし、現在もその考えが間違ってはいなかったと思っています。

法曹を目指そうとする方へのメッセージ

近年、法科大学院受験者、そして司法試験受験者数が減少の一途をたどっており、法曹という仕事の魅力の低下も叫ばれています。
ここでいう、「法曹という仕事の魅力」とはなんでしょうか。ライフワークバランス、経済面、やりがい・・・など、色々な要素があります。それらの要素の中で、法曹ならではといえるものは、やはり「困っている人を助ける」「困難な紛争(問題)を解決する」「紛争発生を予防する」ことではないでしょうか。このような仕事を達成したいと考えることが魅力であり、法曹を目指す動機になると思います。
私が法曹(特に弁護士)という仕事のセールストークをするのであれば、「色々なことができます!」。例えば、法教育。教員資格がなくても、いじめ防止授業や、社会科の法制度授業・模擬裁判授業などは、弁護士も行っています。また、私自身、一昨年はフランスの法制度の研究のため、パリ弁護士会などを訪れ意見交換をする機会に恵まれました。知人の弁護士のなかには、諸外国の法制度整備のために数年間現地に赴任されている方もいます。「弁護士」の資格を持ちつつ、任期付き公務員、インハウスローヤーなど、旧来の弁護士のイメージとは大きく離れた幾通りもの働き方をすることも可能です。自身の興味や人生設計などに合わせた働き方ができることは、大変面白い部分だと感じています。
最後に、ここまでは私の経験や考えを述べてきましたが、必ずしも法曹になることだけがゴールではありません。私の同級生でも、法科大学院卒業後に勉強した内容を生かして公務員になったり、また起業家になったりと、多方面で活躍している人達が数多くいます。法曹資格を得た後に、他業種の世界に入った方もいます。法科大学院での時間は、社会に出る前の最後の時間として大変貴重なものではありますが、必ずご自身の人生を支える糧になると思います。
まだ社会に出る前の段階ですから「くれぐれも無理しすぎないように」、頑張って下さい。法曹の世界に入られたら、一緒に仕事に取り組める機会を楽しみにしています。