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被災自治体における「弁護士」として

弁護士、元岩手県総務部法務学事課特命課長(法務指導) 菊池優太

菊池優太
弁護士、元岩手県総務部法務学事課特命課長(法務指導)
東北大学法学部、北海道大学法科大学院修了。2009年弁護士登録(第二東京弁護士会)。2013年 岩手県総務部法務学事課特命課長(法務指導)※本稿執筆時、2017年 盛岡さくら法律事務所開設(岩手弁護士会)。弁護士。主な著書等に『災害復興の法と法曹―未来への政策的課題』(共著、成文堂、2016年)等。

はじめに

 「弁護士」から「特命課長」に肩書が変わったのは、弁護士になって3年が経ったときのことでした。
 東日本大震災以降、多くの弁護士が被災者支援に尽力してきました。特に発災初期は、避難所や仮設住宅を訪れ、法的助言はもとより、災害時の法制度に関する情報提供を能動的に行っていました(これは今般の熊本地震でも同様の動きがみられています)。被災者の精神的な支えとなるにとどまらず、このような活動による立法事実の集積・提言がもととなり、相続放棄の熟慮期間の延長などの新法に結実した例も多数あります。
 震災当時、私は東京で活動する弁護士でした。充実した日々を送っていた反面、このような弁護士の姿に畏敬の念を感じながら、どこかいたたまれないものを感じていました。これには私が岩手県の出身であることも影響していたものと思います。
 岩手県で弁護士の任期付職員を募集しているという報に接したのは、そのようなときでした。所属していた事務所の環境も貴重であり、大いに思い迷いましたが、復旧・復興を主導する行政の内部に弁護士として関与できることは得難い経験であろうと考え、赴任に手を挙げました。

立法提言業務 用地取得の迅速化を図る

  復興が進まない、といわれます。その当否は措くとして、起業者たる行政の立場から見たその主要因としては、用地取得の遅れに焦点が当てられていました。被災地では、住宅再建、防潮堤や道路敷設などのため、多くの用地取得が必要になりますが、制度的に相当の期間を要することに加え、相続処理の未了、これに伴う多数者の共有状態など円滑な取得を阻む事情が多々ありました。震災初期から意識されていた問題でしたが、私が赴任した当時にはこれが相当に顕在化しており、運用による加速化には限界が感じられ、立法的解決が望まれる状況となっていました。
 これを打開する新制度の提言に向けて、2013年6月、県内部で特例法立案のPTが組織されました。憲法問題をはじめとして課題は山積でしたが、素案を作成して、岩手弁護士会との共同検討を経たうえ、成案を国に提出するに至り、各所関係者の努力の結果、2014年4月に復興特区法の一部改正という形で一定の成果をみました。
 私は、当然ながら制度立案への実務的関与も担っていましたが、県と岩手弁護士会との協働を図るうえで、この双方を理解しうる立場として連携を円滑化しえたことこそむしろ意義ある職務だったのではないかと感じています。また、弁護士としては、臨床的な業務にこそ第一義的な使命を感じるものと思いますが、新薬開発のような広域自治体ならではともいえる立案・提言業務への関与は貴重な経験となりました(なお、弁護士法1条2項を参照してみてください)。

原子力損害の賠償に向けて ADR申立てなど

 原発事故は多くの自治体に多角的な課題を生じさせていますが、その終局的なものの一端として損害賠償の問題があります。行政の平常業務の枠外にあるものといえ、岩手県が弁護士の採用を求めた動機の一つでした。
 震災のイメージとして誰もが抱くものは津波による沿岸部の壊滅的な姿であり、原発事故と聞いたときに想起されるものは浜通りを中心とした福島県の姿であろうと思います。それ自体はとても重要なことですが、ここ岩手県においてさえ、「原発事故によって」廃業を余儀なくされる事業者もおられるなど、切実な被害が生じていることはあまり知られていません。このような民間損害の賠償は大きな課題であり、県はその支援や東京電力との運用改善に向けた交渉や国政への要望業務などを行っています。
 また、自治体は、各種検査、風評被害払拭対応など枚挙に暇がないほどの業務を行っており、相当の予算の投入を余儀なくされました。この自治体自身の損害賠償も課題となっていますが、岩手県は、自治体による損害全般の申立てとしては先駆的なものとして、2014年1月に原子力損害賠償紛争解決センターへの和解仲介の申立てを行っています。勤務時間内人件費など困難な争点を抱えましたが、2015年1月に和解に至りました。これを先例として以後の交渉が続いていますが、2016年3月には、二度目の申立てに至っています。
 私は主に法律的な助言を通して以上の業務に関わっていますが、実務を担う多くの職員に自信や安心感を与えることに主眼があると感じています。

被災自治体における弁護士として

 岩手県での業務の例を二つ挙げましたが、日常の個別案件対応(法律相談)が最も総量の大きい業務になります。年間約200案件、これまでに約600案件に関与しています。庁内の意思決定に直結する場合もありうるので、相応の職責が伴うものです。復旧・復興事業など何らかの形で震災に起因するものも相当の割合を占めますが、通常の業務過程で生じる問題も多々あります。行政法に関わる問題は勿論として、独禁法や知財に関わるものなど、相談内容も行政作用の多様性に応じて様々であり、日々調査、学習の必要があります。職員の懸案事項の早期解決による業務効率の底上げを図ることは、被災自治体においては特に重要であると心がけています。
 果たすべき職務の基本は、現場で具体的に起こる問題の解決・対応です。これは、事実の認定、法令・判例の適切な調査・理解、事案に対する見通しと想定されるリスクの説明、具体的な解決策の提示といった弁護士が当然に行うべきことが土台となります。その意味では、弁護士としての実務経験がそのまま活きるといえますが、職務を全うするには、加えて弁護士が持つ職務の自由と独立に対する矜持を欠いてはならないと感じています。例えば、ある不祥事案件の内部検証委員会において、大方の委員と異なる立場をとったことがありますが、そのような態度自体はむしろ求められているといえるでしょう。弁護士のこのような特性と相まって、「任期付」職員という形態も、自治体のコンプライアンスを図るうえで有用であるといえるかもしれません。
 近時は、職員研修の講師などを行う機会も増えてきました。むしろ同僚から多くのことを学びましたが、少しでも還元できればと思っています。

おわりに 普遍性と可能性

 公務員になって早三年が経過しましたが、肩書や環境の変化ほどに、職務の本質は変わっていないように思います。赴任に際して「法律のできる行政マンではなく、弁護士であれ」との佳言をいただいたことがありましたが、理念としては然りであったといえ、公務員経験が長くなるにつれ、この言葉の意義は増しています。また、自治体での経験を通して、弁護士の可能性の大きさを実感しています。弁護士の多様な場での活躍が近年顕著に見られるのは、何らかの普遍性のある力や考え方が養成されていることにあると思います。これは法曹に限らず、法を学んだ者にも少なからずいえることではないでしょうか。
 岩手県だけでも未だ約16,000人の方が応急仮設住宅に入居しています(2016年3月末現在)。各々の立場での苦悩や奮闘を報道などで目にしない日はほとんどありません。微力ながら、今後も法律家として自らの貢献しうることを考えていきたいと思っています。

法を勉強したのはどこですか?
 教室と図書館と自習室。実務の現場。
いちばん使っている法律は何ですか?
 民法。法分野としては行政法。
いま気になっている法律はありますか?
 新たな行政不服審査法。憲法。
仕事は楽しいですか?
 難しい質問ですが、楽しいと回答します。
法とは何でしょうか?
 普遍的正義の探求。

(法学セミナー2016年7月号12-13頁に掲載したものを転載)

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