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企業内弁護士の仕事
メーカー企業の法務部員として

弁護士 八杖友一

前田絵理
(日本国および米国NY州弁護士)、ポリポア社(Polypore International, Inc.〔本社:米国ノースカロライナ州シャーロット〕)(旭化成株式会社法務部より派遣中)※本稿執筆時は、旭化成株式会社法務部
第二東京弁護士会所属、日本組織内弁護士協会理事。著書に『企業買収後の統合プロセス』(中央経済社、2014年)、『企業法務のための訴訟マネジメント』(中央経済社、2015年)。

269歳から13歳への大きなジャンプ

 私は、2007年に弁護士登録をした後、西村あさひ法律事務所を経て、2011年1月から旭化成株式会社の法務部に転職しました。企業での仕事は、法律事務所での仕事と比べ、まさに会社の一員として常に現場を近くに感じ、案件の入口から出口までのすべての過程に関与できるという面白さがあります。

企業内弁護士とは

 企業内弁護士とは、文字どおり企業で働く弁護士をいい、2017年6月末時点で1931名(任期付公務員等行政庁で働く弁護士も含みます)います(組織内弁護士協会公表データより)。製造業の他、銀行、保険、投資サービス、医薬品、総合商社、建設・不動産、通信、マスコミ業界等、様々な業界に企業内弁護士がいます。

業務内容

 旭化成グループは、中核となる事業会社である旭化成せんい、旭化成ケミカルズ、旭化成建材、旭化成ホームズ、旭化成エレクトロニクス、旭化成イーマテリアルズ、旭化成ファーマ、旭化成メディカル、ゾール・メディカルと、それら9つの事業会社の株式を保有する旭化成株式会社(持株会社)からなる「分社・持株会社制」を採っています。この中で、旭化成グループの法務業務全般を担うのが持株会社の中にある法務部で、そこで私は企業内弁護士として働いています。
 業務内容は多岐にわたり、法律相談、契約審査、契約書起案、契約交渉、M&A、組織再編、訴訟、コンプライアンス、株主総会対応、契約書雛形の作成・管理、法務監査、独禁法監査、社内教育などがあります。
(1) これらの中でも大きな比重を占めるのが、法律相談や契約審査です。事業会社の担当者が対応する案件も一部ありますが、基本的には持株会社の法務部が旭化成グループ全体の法律案件を担っていますので、様々な事業領域の法律相談や契約審査を同時に担当しています。また、法務部では、国内と海外で案件担当者を区別していませんので、案件に関係する国や法令も様々です。このように、法律相談や契約審査の一つをとっても、常に新鮮で、やりがいがあります。
(2) また、法務監査や独禁法監査という仕事も法務部の大切な仕事です。毎年、事業会社の事業部(工場や事業会社の子会社等も含みます)をランダムに抽出し、会社の規程が遵守されているか、契約書は適式に管理(契約の履行管理も含みます)されているか、独禁法に抵触するような行いをしていないか等について監査を実施します。
(3) さらに、社内教育も重要な法務部の役割です。社員向け法務研修の講師を毎年務めていますし、社内の他部署等から依頼があった場合には、随時契約書の作成や審査のポイント、法令解説等の講師を務めることもあります。
(4) その他、突発的に発生する業務として、M&A案件や訴訟案件などがあります。これら案件では、外部の弁護士を起用し、協同して案件を遂行します。外部の弁護士と社内関係者との間に立ち、M&A案件では自社におけるM&Aの狙い、事業戦略・経営戦略、経営陣の意向、自社業界特有の事情・取り巻く環境に関する特有の知見を提供することが法務部員としての企業内弁護士に期待されますし、訴訟では、準備書面等に的確に社内の意向が反映されているかの観点から書面を審査し、社内関係者へのヒアリング等を含め、証拠収集に積極的に関与することが期待されます。

法を学んだことの意義

 法律事務所で働く弁護士であれば、自らの専門分野に関して深い法律知識を身に着けていることは必須でしょうが、企業内弁護士はそうではありません。企業内弁護士は、法的問題に限らず、自社で日々起こる様々な問題についての解決策を提示していくことが仕事ですので、まずは事実関係を整理し、何が問題となっているのかを見極め、それがビジネス上の問題であれば社内関係者に解決を促し、法的な問題であれば自ら解決策を提示することもあれば、外部の弁護士に相談することもあります。特定の法律に関する深い知識までは要求されず、分野や国を問わず、浅く広い法的知識を有していれば十分です。その意味で、法科大学院時代や司法修習時代に学んだことで現在仕事に役に立っているのは、特定の「法」の内容そのものに関する知識ではなく、「法」に共通する考え方や規定の仕方、そして裁判例に数多く当たることで得られる裁判官の思考過程、結論の組立て方や価値判断の勘所、司法修習時代に裁判実務を見ることで要件事実や実際の立証プロセスについて身に着く肌感覚などです。これらは、企業の法務部で仕事をしていく上で必要な基礎力であり、いかようにも応用できるものです。仕事をしていると、聞いたこともない法令が問題になることもありますし、どこかの国の法令が問題になることもあります。そのような時、「法」に一般的に共通する考え方を理解していれば、「きっとこういうことが定められていて、こういうことが規制されているであろう。」などと想像がつきますし、そもそも「この場面では、こういう法律が存在するのではないか?」などと「あたり」をつけることもできます。また、裁判官の勘所や裁判における立証プロセスをイメージすることができれば、「将来紛争が起きたらこのように裁判で争われ、このように裁判官に判断されるであろう。」などと将来の万が一の事態を想定することもできます。
 以上のように、「法」を学んだことの意義は、それを学んだことで身に着いた「法的センス(法的な物の見方、考え方)」だと思います。

おわりに

 企業の法務部で働き始め、もうすぐ5年が経ちますが、業務内容も幅広く、毎日がとても新鮮です。前職の法律事務所での仕事に比べ、毎日「人(社員)」と関わることが多く、社員との間の何気ない会話から、法的な問題(リスク)を見つけ出すことも間々あります。これまで企業内弁護士として働いてきて、組織で働く弁護士にとってなくてはならない能力があることを日々実感しています。それは、(1)人の話を正確に聴く力、世話好き・人好きであること、(2)調整力、バランス感覚、周囲を巻き込む力、説得する力、ぶれない信念、(3)自社事業・製品・人に関する深い理解です。(1)については、企業内弁護士は、より現場に近いところにいるため、事実関係も問題点も整理されないまま相談を受けることがほとんどですので、事実関係や相談者の問題意識を正確に聴き取ることから始まります。(2)については、組織で働くわけですから、数多くの関係者が存在しますので、それらの者の利害を調整し、だめなものはだめと強く説得することが必要な場面も多く、周囲の人を説得し、調整していく力というのが求められます。(3)については、当然企業の社員として仕事をするわけですから、自社の事業や製品、人に関する正確な理解は必須でしょう。
 業界にもよるでしょうが、企業内弁護士の仕事は、一般的に業務範囲が広く、常に現場の声を聞きながら関係者の利害の調整を図りつつ会社の目的を達成する、という総合力が問われる非常にやりがいのある仕事です。読者の皆さまが、企業内で弁護士として働くということに少しでも関心をもっていただけましたら、幸いです。

法を勉強したのはどこですか?
 大学卒業後、法科大学院に入学してからです。
いちばん使っている法律は何ですか?
 やはり民法ですかね。
いま気になっている法律はありますか?
 不正競争防止法です。
仕事は楽しいですか?
 仕事の幅が広く、刺激的な毎日でとても楽しいです。
法とは何でしょうか?
社会において人々や企業等組織体、そして国家権力が遵守すべき最低限のルールです。

(法学セミナー2015年10月号6-7頁に掲載したものを転載)

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